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凄絶な断末魔を上げ、青い血飛沫を撒き散らしてリザルフォスが仰向けに倒れる。その声に呼応してか、更に数体のリザルフォスが現れるが、僕は即座に駆け出して魔物たちを殲滅した。
おじさんたちは足が棒になったようにその場に突っ立って動かない。しかしその方が僕にとっては都合がいい。下手に動かれては守れない。

薙ぎ払い、蹴り倒し、刺し貫いて、次から次へと湧くリザルフォスを斬り捨てていく。ようやく襲撃が止み、辺りに静寂が戻った時、僕は全身に毒々しい青の血を浴びて、刻まれた魔物たちの死体の中に立っていた。

剣に滴る血を払い、鞘に収める。顔を伝う汚れを服で拭うと、いくらか生きた心地がした。
おじさんたちはいまだ硬直したままだったが、それでもいち早く動き出したのはAだった。

「坊主…お前、凄いじゃないか…!まさかあれだけの魔物を蹴散らしてしまうなんて…」
「だから言ったでしょ?“慣れてる”って」
「嗚呼、…見てみろ。あれは村長の奥さんじゃないか…」

おじさんたちは死んだ魔物に群がると、その腰に括り付けられた村の仲間の首を救出にかかった。彼らはそれを大事そうに布に包み、些か満足げであるが、Aだけは探していたものが見つからずに肩を落としていた。
それを見咎め、さすがに気の毒になり、僕はすんと鼻をすする。魔物の死骸の匂いがきつくて、ろくに鼻が効かない。
警戒心の薄れてきたおじさんたちに、僕は苦言を呈した。

「これで終わりじゃないよ。この血の匂いを嗅ぎ付けて、直に山中の魔物がここにやってくる」
「え…それじゃあ早く逃げなきゃ」
「無理だよ。それに必要もない」

僕は再び剣を構えた。言っているそばから魔物たちが僕らを取り囲むように現れる。逃げ場は当然ない。ヒィーッと甲高い声でCが悲鳴を上げると、その声に興奮したらしい魔物たちが一斉に吠えて大気が震えた。
その中でも一際低く、大きな咆哮が響き渡り、辺りはしんと静まり返った。現れたのは、重厚な鎧を身に纏った中級魔族――ダイナフォスである。ダイナフォスは己の力を誇示するように、頭上に炎を吐いてみせた。

「も…もうおしまいだ」
「くそ…!こんなところで死んで堪るかっ」

がたがたと震えて身動きも取れないBとC、自暴自棄になって今にも魔物の群れに突っ込んで行きそうなA。予想はしていたが、やはり同行者というのは往々にして僕の行動を制限するものだ。――だから来るのは一人でいいって言ったのに。
僕はのほほんと笑った。

「大丈夫、僕が何とかするから」
「馬鹿言え!こんな数を相手にどうやって…っ」

叫ぶAの背後から、リザルフォスが飛びかかる。おじさんたちは悲鳴を上げる暇すらない。しかしリザルフォスの振り上げた剣は、振り下ろされることはなかった。僕の放った矢がリザルフォスの首を吹き飛ばし、ただの肉塊と化したそれはどうと横倒しになる。おじさんたちの頭上にばらばらと青い魔物の体液が降り注いだ。
続けて襲ってくるリザルフォスを、魔力を込めた矢で貫く。一本の矢で三体を串刺しに出来たのは予想外の出来で、僕は瞬間今の状況を忘れてひょうと口笛を吹いた。
魔物たちもやられっぱなしかといえばそうではない。ついにこの魔物を束ねるダイナフォスが動き出し、僕に向かってきたのだ。雑魚を斬り捨てつつ、僕はダイナフォスと対峙する。睨み合いなど一瞬だ。数の不利がある中で時間の浪費は得策でない。
低い姿勢から特攻をかける。敢え無くそれは分厚い鎧に阻まれるが、不意打ちにダイナフォスは大きく仰け反った。空いた喉元に狙いを定め、後ろに目一杯引いた剣を、勢い良く突き出す――

「…坊主!後ろだッ」
「え」

おじさんの声と同時に殺気を感じ、振り向くより早く身を捩る。それが正解だったようで、とどめを刺し切れていなかったリザルフォスの攻撃が、僕の右肩を薙いだ。即座に剣の軌道を変えて死に損ないのリザルフォスを斬り伏せる。傷自体はそこまで痛くはなかったが、無理な体勢が祟って足がもつれて地面に倒れ込んだ。
その頃には先の不意打ちから立ち直ったダイナフォスが、僕に剣を振り下ろさんとしている。さすがに不味いな、とぼんやり思った刹那、雄叫びがこちらに突進してきた。

「うぉぉおおお!!」

顔を上げれば、おじさん三人が一丸となってダイナフォスに槍を突き出すところだった。棒切れに鉄屑を括り付けただけのそれは、ダイナフォスの鎧に当たってあっさりと真ん中で折れた。が、ダイナフォスの気を逸らすには十分だったようで、爬虫類独特の目がぎらりとおじさんたちを睨む。折れた棒を握り締め、おじさんたちは呆然と立ち尽くした。
しかし、その一瞬は僕にも十分な時間だった。

「…助かったよ、おじさん!」

跳ね起きて、渾身の力で剣を振り下ろす。ダイナフォスの甲冑を叩き割り、肉を裂き、頭蓋骨を砕いて両断する。真っ二つになった魔物が、左右に割れてぐちゃりと潰れた。
群れのボスが倒れ、途端残った魔物たちは統制を失って及び腰になる。それを難なく斬り伏せて、ようやく僕は息を吐いた。
同時に、おじさんたちも張り詰めていたものが切れたように座り込んだ。それを見て、思わず笑みが零れた。

「ありがとう」
「あ…」

おじさんたちは呆然と僕を見上げる。僕は苦笑して両断したダイナフォスを見やった。

「おじさんの探してる人、ここにいるんじゃない?」

言えば、Aが目を見開き、のろのろとダイナフォスに近寄った。そして目当てのものを見つけたらしく、小さなそれを大事そうに抱えて嗚咽を漏らした。無言の再会に、BとCも心無し目元が潤んでいるようだ。
暫くして立ち上がったAは、僕を見下ろして言った。

「…ありがとう、ありがとう、坊主…なんて礼を言えばいいか」

鼻水を垂らしながらそう言うおじさんに、僕ははにかんでみせる。そんな言葉は不要だ。見返りが欲しくて助けた訳じゃないのだから。

「その言葉だけで十分さ。おじさんの役に立てて、僕はそれだけで嬉しいよ」

誰かに必要とされて、感謝されることは、僕の存在意義を再確認させてくれる。いつになく、僕は機嫌良くそう答えたのだった。



→あとがき

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