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「あぁ…どうか、神がいるのなら、私たちを助けて下さい…!」

なんというか、こう、面倒事には首を突っ込みたい質なのか。

「そんなものに頼むより、僕に頼んでみたら?」

僕は、人助けが好きだ。

***

ぽかんと口を開けて固まる大人たちを見上げ、僕は気分よくにんまりとしていた。さもありなん、この未曾有の危機に口を挟んだのは、何処の馬の骨とも知れぬ旅の子供。一人のおじさんが呆れたように答えた。

「…あのな、坊主。これは遊びじゃないんだ。向こうへ行ってな」
「勿論分かってるよ。おじさんたち、山の魔物に困ってるんでしょう?」

僕がたまたま訪れた村は、山間に位置する小さな集落で、しかしその少ない村人たちも辺りを徘徊する魔物の恰好の餌となっていた。僕がちょうどここに着いた時も、魔物に食い荒らされた死体を前に村人たちが途方に暮れていたところだった。

「それは…そうだが。俺たちだって抵抗出来ないような凶悪な魔物なんだ。お前みたいな子供に…」
「子供?」

僕は笑顔のままに肩に背負った剣を抜く。砂金で鍛え上げられたこの剣の名は金剛の剣。刃こぼれ知らずの素晴らしい業物である。
その金剛の剣の切っ先をおじさんの首もとに突き付けると、村人たちから「ひーっ」と情けない悲鳴が上がった。仰け反ってひっくり返ったおじさんを見下ろし、僕はにっこりと微笑んだ。

「少なくとも、おじさんたちより魔物の扱いには慣れてるつもりなんだけど」
「どっ…どうやらそのようで…」
「ね?だから、僕に詳しい事情を話してくれないかな?」
「ぉ、仰せの通りに」

***

話によると、この山に巣くうのは「武装した蜥蜴の魔物」だそうで、中でも重厚な鎧を纏うものがそれらを束ねているらしかった。――前者はリザルフォス、後者は恐らくダイナフォスだろう。何てことはない、ただの下級魔族だが、戦う力を持たない人々にしてみれば武器を翳し、火を噴くこの魔物は脅威に他ならないだろう。
しかし、あとは魔物の出現場所を聞いて、さくっと退治しておけば問題ない。僕は立ち上がって剣を担いだ。

「じゃあ、ちょっと出掛けて魔物を倒してくるよ。おじさんたち、ここで待ってて」
「え…え?まさかお前、一人で行くつもりなのか!?」
「え?おじさんたち付いてくるつもりなの?」

いかに手詰まりで途方に暮れていたとはいえ、この村人たちは根は親切なのだろう。子供だけを死地に赴かせるのはさすがに気が引けるらしい。
一方僕はすっかり一人で行く気満々だったので、少し意表を突かれた気分だった。

「おじさんたち、せっかく今まで生き延びたんじゃない。命が惜しくないの?」
「命は、そりゃ惜しいさ。だが見ず知らずの子供を犠牲にして、一時の安寧を享受出来るほど浅ましくはない」

敢えて突っかかるように問えば、先程真っ先に僕の言葉を制した壮年の村人が苦い表情をしながら答える。僕はそのおじさんに向かってにこりと笑ってみせた。

「じゃあ、おじさんだけ付いてきてくれる?」

***

結局、僕にはお世辞にも十分とは言えない装備のおじさん三人が同行することになった。恐らく今日を境に彼らとは二度と会うこともないと思うので、名前を覚える気はない。だが今だけは便宜上それぞれABCとでも呼んでおこう。一番年上がA、よく喋るB、太ってるのがCだ。

先導役を買って出たおじさんAが言う。

「“奴ら”は人を喰う」

おじさんCが僕の後ろでヒェーッと情けない声を上げ、おじさんBが大仰な仕草で僕に耳打ちした。

「あの人の息子さんは、魔物にやられたのさ。ちょうど坊主くらいの年で…ありゃ酷い有り様だった…」

おじさんたちの間に重苦しい空気が流れた。思い出すだに恐ろしい光景なのだろう。僕は敢えて聞いた。

「どうしたの?」

僕の問いを、無垢なる故とでも勘違いしたか、Bがもの言いたげな顔をする。が、Aは振り返ってそれを制した。

「構わない。…どこで覚えたのか…奴らは、その頃から殺した人間の首を集めるようになったのさ。奴らの腰には、今でもうちの倅の首がぶら下がってる」
「へぇ、野蛮だね」
「坊主は本当に肝が据わってるなぁ」

僕が言うと、Cが冷や汗を流しながら言う。三人の中では彼が一番この行軍に乗り気では無かった。Aは神妙な顔付きで山の奥を睨んだ。

「俺は息子や仲間たちを取り返したい。そして弔ってやりたいんだ」
「…へぇ」
「だが、こいつはあくまで俺の願望だ。坊主はこの村に縁もゆかりもねぇ。危ないと思ったらすぐに逃げてくれよ」
「……」

多分、こういうのを死亡フラグというんだと思う。Aは恐らく、差し違えてでも魔物たちに一矢報いるつもりなのだろう。
だが、そんなことをされては僕の気分が悪い。僕はにこりと笑ってみせた。

「せっかく今まで生き延びた命なんだ。死人の為に無駄にすることはないよ」
「…なに?」

Aの表情が険しくなったが、僕はそんなおじさんを追い越して先頭に立った。呆然とするおじさんたちを振り返り、言う。

「僕の手が届く範囲にいるうちは、誰も死なせやしないよ」
「…坊主、お前は…――あ!」

Aが突然鋭く声を上げた。僕の背後の茂みから、リザルフォスが飛び出してきた為だ。
驚きはしない。先から魔物の声が聞こえていたし、腰から提げられた人の首が、腐臭を放って鼻が曲がりそうだ。端から忍ぶ気のないふてぶてしさである。

リザルフォスは威嚇するように声を上げ、ゲラゲラと僕の頭上で笑っていた。きっと彼らにとって、人を狩るのは娯楽と同義なのだろう。怯え、震える人間を、じわじわとなぶり殺している様が容易に想像出来た。
おじさんたちが竦み上がる中、僕は背中に負った剣の柄を握り締めた。

「君、喧嘩を売る相手を間違えたみたいだね」

そして、振り抜いた金剛の剣は、その素晴らしい切れ味を遺憾なく発揮した。

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