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鍵を締めなかったのは自分の落ち度だ、とガノンドロフは真夜中の侵入者を見上げながら思った。
ただし、侵入者の気配を察知出来なかったのは、自分が寝ていたからではなく、相手が手練れだったからだ。今こうしてマウントポジションを取られているのも、ひとえに相手がそうしたことに長けていたからに他ならない。

ガノンドロフはベッドの上で仰向けになったまま、自分の上に跨る男を見上げた。男は珍しく屈託なく笑い、深海色の瞳を細めると「びっくりした?」とだけ言い倒れ込むようにガノンドロフに抱き付いた。ガノンドロフはただ呆れ果てて溜め息を吐いた。

***

「貴様は暗殺者に向いているな」

真夜中に叩き起こされ、ガノンドロフはしかし機嫌を損ねはしなかった。それは侵入者が持ってきた洋酒の香りが良かったからかもしれないし、侵入者自体が魔王の“お気に入り”の部類に入る人間だったからかもしれない。
侵入者――亡国の王子マルスは、にこにこと笑いながら、氷の入ったグラスに強めの酒を注ぎ、すぐさまそれを飲み干した。

「人員不足だったからね、僕の軍は。時にはそういったこともしてたよ」
「…何をしにきた?」
「眠れなくて」

話しながら、マルスは二杯目の酒を注ぐ。表情は平素よりいくらかあどけなく、鋭さが欠けている。
ガノンドロフは何とはなしにマルスを上から下まで眺めた。寝間着らしい服装に身を包んだ男からは、いつも感じるようなふてぶてしさや高貴な雰囲気はなりを潜めていた。が、抱きつかれた時に香ったのは強烈な酒の臭い。ここに来るまでに相当量を開けたとみえる。
酔っているのだ。
透き通るような白い肌は健在で、呂律もしっかりしているが、それでも。
酔っ払いを介抱してやる気などガノンドロフにはさらさらなかったが、いくら酔っていようともマルスとの言葉遊びはガノンドロフにとっても認めるにやぶさかでない娯楽であった。だからこそ、真夜中に起こされてもこのように向かい合って話を聞いてやっているのだ。
マルスは悪戯っぽく上目遣いにガノンドロフを見上げ、首を傾げた。

「ここにいてもいい?」
「…帰れと言っても帰らんだろう。勝手にしろ」
「うん」

嬉しそうにはにかんで、マルスは頷く。かと思えばガノンドロフと向かい合って座っていた席を立ち、ガノンドロフの隣へと移動する。勝手にしろとは確かに言ったが、予想外のマルスの行動に少なからずガノンドロフは瞠目した。
マルスはガノンドロフの腕にもたれながら言った。

「時々、貴方があの戦乱の時に僕のそばにいてくれたら、と思うんだ」

唐突な話題提供に、しかしガノンドロフは今度は驚きはしなかった。ガノンドロフがマルスとの言葉遊びを楽しんでいるように、マルスもまたこの時間を好いているのだ。
つまるところ、既に二人の不毛な戯れ言は始まっていた。

「何故そう思う」
「貴方がいたら、きっと戦局は大きく変わっていた」
「貴様が望むように、か」
「…うーん、それはちょっと微妙かも」

ガノンドロフがグラスの中身を煽るのを横目に見ながら、マルスはくすくすと肩を揺らした。

「貴方は僕の配下には下らないだろうし、いつ裏切るとも知れないからね。扱いには困りそうだ」
「なるほど」

ガノンドロフはただ頷く。
マルスは三杯目のグラスを空にして、空のグラスを照明に翳しながら続けた。

「貴方が軍にいれば百人力だけど、主要地を任せることは出来ないだろう。だから側近として取り立てて、目を離さないようにするな」
「寝首を掻かれるかもしれんぞ」
「しないさ」

確信をもってマルスは言い切る。
ほう、とガノンドロフは首を傾げ、グラスをおいて酒瓶から直接中の液体を飲み始めた。ごくごくと喉を鳴らして飲み下す様をマルスは半ば呆気に取られながら見守る。決して弱い酒ではない。一口飲めば舌が焼けるような度数だ。
瓶の半分以上を一気に飲み、魔王は豪快に手の甲で口元を拭った。
マルスは苦笑しつつ続けた。

「…貴方は狡猾で、残忍だ。情に流されるなんてこともないだろう」
「誉めているのか」
「まぁね」

ガノンドロフの言葉にマルスはにやりと笑った。ガノンドロフもまた低く笑う。
徐にマルスは手を伸ばし、魔王の手から酒瓶を取り上げた。何をするのかと思えば、魔王と同じように喇叭飲み。王族らしからぬ行儀の悪さである。そうして空になった酒瓶を自慢げにガノンドロフに見せる。褒めてくれと言わんばかりだ。
魔王は鼻で笑い、その酒瓶を部屋の隅に放る。ガチャンと嫌な音を立てて瓶は粉々に砕けた。

「俺は盗賊だ。利害の一致するうちは貴様の言うことを聞いてやってもいい。…ハイラル王にしたようにな」

脅すように王子を見下ろす。かつては自分も愚かな王の前に膝を折ったことがあった。――無論、恭順の意思などない。全ては自分が成り上がる為であった。
それがこの年端もいかぬ王子と何が違うというのか。この王子もまた、魔王が成り上がる為の踏み台に過ぎないはずだ。――確かに、この王子は他の人間と比べ、いくらか面白味のある男ではあるが。

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