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「…で、今おっさんはトイレの電球を替えている、と?」
トイレの中で小さな台に足をかけ、電球を取り替えていた魔王を、ロイは憐憫とも同情ともつかぬ表情で見上げていた。既にその肩からピチューはいなくなっていた。カービィと共にピチューがクッキーを食べていたところに、乱闘の終わったピカチュウが迎えに来たのだ。ようやくピチューから解放されたガノンドロフは、しかしリンクから言いつけられたトイレの電球を取り替えるという使命を現在絶賛遂行中なのだった。
そこへ偶然通りかかったロイに、魔王は知らず己の不憫な境遇を語ってしまっていた。愚痴とも言う。
ロイは何事かを言おうと視線を泳がせた後、へらりと笑った。
「本当世話好きなんだなぁ、おっさんは…」
「好きでやっている訳ではない。あとおっさん言うな」
「…………えーと…ガノンさん…?」
「…おっさんでいい…」
受け取った電球を片手に言葉に詰まるロイを見下ろして、魔王は再び頂垂れた。
ロイは、ガノンドロフに一定の敬意を払っている。やはり魔王という肩書きに気圧されているのもあるし、その強さに純粋に憧れていることもあった。故にロイは、魔王に雑用を言いつけたり、面倒事を押し付けたり、馬鹿にしたような態度を取ることはない。
しかし、その微妙な対応がまた魔王のプライドを痛く傷付けていることをロイは知らない。
去り際、ロイは魔王を見上げて妙に力強く「俺で良かったらいつでも愚痴を聞くよ!」と訴え、魔王の手を握った。
魔王は直後、自分の身長が10センチ縮んだような錯覚に陥った。
ぐったりすればいいのか、苛々すればいいのか、その時の魔王には判断が付きかねた。
トイレの電球と、ついでに浴場の蛍光灯まで取り替えて、肉体的疲労はともかく、精神的疲労で早く休みたいガノンドロフだったが、ここで自分の部屋に戻ろうとしたところ、運悪く廊下で口喧嘩をするマルスとネスに鉢合わせてしまったのだ。すぐさま回れ右をしてその場を離れようとしたのだが、それより早くマルスが魔王のマントを引っ掴んで彼を引き留めた。
そして言ったのだ。
「僕とネス君、どちらが正しいのか魔王様に判断してもらおうじゃないか」
と。
やめてくれ、と叫びたいガノンドロフだったが、魔王の矜恃がそれを許すはずもなく。彼は憮然とした表情のままにマルスとネスのそれぞれの言い分を聞かされていた。
本当はこんな状況になる前に自分は忙しいのだと若干の反論を試みた魔王ではあった。が、最初の一言を言い終わらないうちにマルスとネスが恐ろしいほどのチームワークで魔王の反論を論破してしまった。本当にお前たちは喧嘩しているのかと問い詰めたいところだ。
こうして言い訳の逃げ道を失ったガノンドロフは、大人しく二人の言い分を聞かされるに至った訳である。
「…つまり、廊下ですれ違う場合に道を譲るのは、子供か、大人か、どちらかという話だな?」
恐ろしくどうでもいい話だ。しかしマルスもネスも、様々な学者の格言を引き合いに出して己の主張を曲げまいとする為、何だかこの世の真理についてでも話し合っているかのような緊迫感があった。
「そもそもさぁ!反対側から人が歩いて来てんのに、避けもしないってどういうこと!?」
「それは君も同じだろう。結局君だって僕にぶつかるまで真ん中から動こうとしなかったじゃないか」
「アンタが避けると思ったの!」
「王子であるこの僕に道を譲れというのかい?片腹痛い」
マルスとネスの会話が徐々に熱を帯びていく。魔王は呆れ半分で口を挟んだ。
「歩行者は右側歩行でいいだろう。それで全てが丸く収まる…」
が、マルスとネスの二人はきっと眉を吊り上げてガノンドロフを睨んだ。そして同時に怒鳴る。
「「部外者は黙ってて!!」」
――だから、お前たちは本当に喧嘩してるのか。
それから三十分後、ようやく困った二人組から解放されたガノンドロフは、よろよろと廊下を歩いていた。
――一気にどっと疲れた。あの二人に関わるとろくなことにならない。
なるべく人に会わないように気配を探りながら魔王は屋敷を進む。が、得てしてそういう時にほど、思い通りにならないもので。
「あら、ガノンドロフ。ちょうどいいところに」
「…ぬ」
人の気配を探りながら歩いていた魔王だが、疲れの為か、あるいは彼女が気配を消していたのか、部屋の前で困ったように扉を見つめていたピーチの存在には気付けなかった。そんなこんなでばったりと二人は出会い、先の会話に戻る。
「扉のたてつけが悪くなっちゃって、困ってたの。マリオは乱闘でいないし、貴方、ちょっと見てくれないかしら?」
魔王の都合などお構いなしに、ピーチは己の用件だけをぺらぺらと喋った。
始めこそ「何故俺が」と反論しようとした魔王だっが、ピーチの手に握られたバールを見て思い止まる。
――まさか、脅しのつもりか…?!
人間不信ではないが、深読みのし過ぎな魔王は内心震えながら、二つ返事で今回の頼まれ事を快諾した。
「今日も散々だった…」
結局その後も魔王は、フォックスやファルコにアーウィンのメンテナンスに付き合わされたり、プリンの歌を聞かされて感想を求められたり、ルイージの愚痴に付き合わされたり、………。
およそハイラルを震撼させた大魔王からは予想も出来ないようなことばかりやらされた。
――断ろうと思えば断れた…という心の声は、魔王の脳内から意識的に排除された。
夕食も入浴も終えて、さてベッドに倒れ込もうとする時に、魔王は異変に気付く。――ベッドの真ん中が膨らんでいる。
慌てて布団を剥ぐと、中から体を丸めたピチューが姿を現した。気持良さげにすやすやと寝ている。
魔王は本日何度目かの、溜め息を落とした。しかし怒る気にもなれない。
仕方なく、魔王はベッドをそのままにして、自分は硬いソファにその身を沈めた。
これから後、ピチューの話を聞いた子供たちが日替わりで魔王の部屋で寝るようになるなどとは、魔王は予想だにしなかったことだろう。
→あとがきという名のお詫び
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