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しかし事態は悪化する。
元よりリンクの破格の出世を妬ましく思っていた他の騎士や、あるいは官僚の中でも頭の固い貴族たちの間から、リンクを非難する声が上がったのだ。
“秩序ある騎士団の風紀を乱し、騎士団の栄誉と誇りを傷付けた”と。
それはただの不満に留まらず、朝議にも取り沙汰された。ゼルダの護衛としてその側に侍るリンクは、ゼルダと共に朝議にも出席する。それをいいことに悪意ある官僚たちは本人の目の前で彼を名指しで非難した。
王女身辺警護の栄誉ある騎士が女遊びに耽っていると話は飛躍し、この時に至って写し絵に写る女が誰なのかという議論が交わされた。幸いにしてゼルダの名が出ることはなかったが、朝議では他のことはそっちのけで、リンクへの非難が集中した。
果ては閣議の末席に名を連ねる貴族の一人が言った。

「しかし、リンク殿の相手の女性もこのみすぼらしい格好からして、決して由緒ある出自の女とは思えませんな。あなた様は仮にも王女の護衛…相手を選ばれた方が宜しいのでは、リンク殿?」

――実際は貴族が“みすぼらしい”と称した女こそが、この国で最も高貴な女であるなどと、彼は夢にも思わないだろう。
言われたリンクは、それらの非難を黙って聞いていた。それはある意味当然のことで、彼はあくまで騎士。官僚ではないので朝議では発言権を持たない。
が、彼が黙っていたのは決して発言権を持たぬ故ではない。リンクは既に爆発寸前だった。連日の冷やかしに加え、このような公の場で辱めを受けるなど我慢の限界だ。その隣ではゼルダとガノンドロフが今にもリンクが暴走しないかとはらはらしている。
しかし、そうとは知らぬ貴族や他の騎士たちの間から失笑が漏れた。

「まぁ、リンク殿も元は未開の森で暮らされておったとか。相手を選べというのも酷な話よ」
「ほう、あの野蛮な魔物共の巣くう東の森から?それでは人の理など分かるまい」
「ほほほ…言葉が過ぎますぞ、卿。それではリンク殿がまるで四つ足の獣のようではありませぬか」

忍びやかな笑いがさざ波のように朝議の席に広がる。

これにはさすがのリンクもぶち切れた。否、今までよく耐えたと言えよう。
リンクの手は反射的と言ってよい速さで腰の剣に伸びる。自分でもどうしたいのかよく分からなかったが、ここまで己の誇りを傷付けられて黙っていられるほどリンクは大人ではなかった。
しかし抜刀には至らない。彼の剣の柄をガノンドロフが押さえ、抜刀を許さなかったのだ。リンクはガノンドロフを見上げ、次いで官僚たちの顔を順に睨んだ。大半が彼から目をそらす中、主だってリンクを批判していた者は寧ろ彼の様子を面白がるようにくすくすと笑っている。
リンクは歯軋りした。

「…あまり、私の護衛を虐めないで下さいませ」

ふいに凛とした声が響き、朝議の席は静まり返った。それまで沈黙を保っていたゼルダが口を開いたのだ。ゼルダは微笑すら浮かべ、しかしその声は明らかな怒気を孕んでいた。

「私の騎士を辱めるということは、何か私に不満がおありなのですか?」
「ま、まさか!」

官僚の幾人かが顔色を失って叫ぶ。それを聞き、ゼルダは先より柔らかに微笑んだ。

「でしたら」

ゼルダは目の前の書類の山を指差す。

「もう少し、生産的なお話をいたしましょう」

以後、ゼルダの許可なく口を開く者はなかった。

***
「リンク…リンク!」

朝議が終わり、ゼルダが自室に下がる道中、彼女は先導するリンクを呼び止める。リンクはぴたりとその場で立ち止まり、しかし振り返らずに沈黙した。心配そうにするゼルダの後ろで、呆れたようにガノンドロフが溜め息を吐いた。

「朝議で刃傷沙汰を起こす気か…」
「…すみませんでした」
「でも、あの者たちの言葉はあまりに無礼でしたわ!リンクが怒るのも無理はありませんっ」

しおらしく謝るリンクとは対照的に、ゼルダが憤慨して声を荒げる。そこでようやくリンクは振り返り、苦笑した。

「私の代わりにゼルダが怒ってくれて、すっきりしました。ありがとうございます」
「…無理はなさらないで」

気の毒そうに眉尻を下げ、ゼルダはリンクの顔を覗き込む。リンクは表情を和らげ、子供っぽく笑った。

「ありがとう、もう大丈夫」

が、リンクの言は信用がなく、ゼルダは何度も何度もリンクに大丈夫かどうかを聞き続けた。ついには後ろに控えるガノンドロフに「リンクをしばらく見張っておいて下さいね」と命ずる始末。それにはリンクも苦笑せざるを得なかった。

「私、そこまで信用ありませんか」
「貴方を正しく理解しているつもりです」

ゼルダはぴしゃりと言い切った。

「悪いとは思いませんけど、貴方は気が長い方ではありません。そんな貴方が再びあのような辱めの場に晒されたら、耐えられるとは思えませんわ」
「…耳が痛いお話です」
「恥じることはありません。恥じるべきは他者を貶めることにしか頭の回らぬ愚者。私は彼らを哀れに思います」

労るようにゼルダはリンクの髪を撫でつけた。
リンクは再び苦笑した。癇癪持ちの子供扱いされている気分だった。

「では、私はこれで」

言ってゼルダは自室へと姿を消す。あとに残されたリンクは大きく溜め息を落とし、頭を掻く。ガノンドロフはそれを横目に茶化すように低く笑った。

「どちらが守られているのか分からんな」
「…ええ、本当に」

答えるリンクの表情は穏やかである。ゼルダの心遣いが彼から毒気を抜いたのだろう。リンクはそのままガノンドロフに背を向け、「では、私も失礼します」と去っていく。
はて、彼はこのあと王城警備の任務があったのではとガノンドロフがリンクを呼び止めた。

「どこへ行く?任務が残っているだろう」
「いえ、すぐに済みますので」

言いながらリンクは晴れやかな笑みと共に振り返った。綺麗に並んだ白い歯が輝いた。

「さっきゼルダに対して“みすぼらしい”などと暴言を吐いた卿にご挨拶に伺うだけですよ。…なに、ご心配には及びません。一人で十分です」
「やっぱりゼルダにもう一度叱られてこい!!」



→あとがき

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