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その日、ハイラル城はとある噂でもちきりだった。
噂好きな侍女たちの間では勿論のこと、兵士や官僚までもがその話題をまことしやかに語り出す始末。とうとうそれは外界から隔てられ清らかなるを保つべき王家にまで聞こえるほどで、侍女に囲まれた王女ゼルダも例に漏れずその噂話を聞いていた。

「こ…これは?」

ゼルダはまじまじと侍女に手渡された新聞を見詰めた。一面にでかでかと写るのは彼女が愛する一人の騎士と、それに寄り添う一人の女――否、町娘に扮した自分の姿の写し絵である。つい昨日のお忍びデートの様子だ。
ゼルダはまさか自分が城の外に抜け出して、その上騎士であるリンクとの許されざる逢瀬を重ねていることに感づかれたのかと顔色を無くしたが、しかし幸いにして侍女の中の誰もがこの写し絵の女と目の前の主が同一人物などとは夢にも思っていないようだった。

「ね、ゼルダ様。大スクープでごさいましょう?だって、あのリンク様に恋人がおられたんですから!」
「このお方も幸せですわね、リンク様みたいな素敵な方が恋人なんですもの」
「はぁ、私もリンク様みたいな格好良くて素敵な男性と燃えるような恋がしてみたい…」

ゼルダの気など知らぬ侍女たちは、写し絵の中の幸せそうな二人を見つめてうっとりと溜め息を吐くのであった。

***
一方にこりとも笑えないのが、件の噂の的であるこの男――リンクである。リンクは今朝のハイラル新聞を床に叩きつけ、肩を怒らせて唸る。

「…なんですかコレは!」
「俺に言われてもだな…」

所在なさげにしていたガノンドロフ――ハイラル騎士団長である――は、リンクの捨てた新聞を拾い上げる。そして一番大きく取り上げられている記事に目を通した。

“ハイラル騎士団期待の新星リンク、熱愛発覚!?”

安い煽り文句と共にでかでかと一面に載るのは、城下町で女と連れ添って歩くリンクの写し絵だった。女は俯き加減で顔はよく見えない。
ガノンドロフはリンクを見、記事を見て問うた。

「この女…まさかとは思うが…」
「ゼルダです」

リンクが苦々しく吐き捨てる。ガノンドロフは嗚呼と嘆息した。

「お前…もし相手の身元が割れたら死罪どころの騒ぎじゃないぞ。この国の姫を拐かして恋人気取りか」
「…ですよねー…」

生気のない声でリンクが頷く。実際、恋人気取りなどではなくゼルダとリンクは恋仲だった。しかし身分が二人を隔て、仲を裂く。二人は人目を忍ぶ仲であった。
不幸中の幸いで、まだ誰もリンクの相手の正体には気付いていない。その分皆の注目はリンクに集まり、リンクは今日会う人会う人に「今朝の記事見たぜ!」「お前も隅に置けないな」的な冷やかしに晒されていたのだ。彼の機嫌が悪いのは主にこれが原因だった。
リンクは一つ息を吐き出し、今度は深刻そうな顔でガノンドロフを見た。

「ゼルダを連れ出して、あまつさえ写し絵を取られるなんてあまりに軽率でした。一応ゼルダは変装していますが、見る人が見ればゼルダと気付くはず――」
「例えば、私とか?」

第三者の声にリンクとガノンドロフは顔を上げる。そこにはゼルダの乳母であり、護衛でもあるインパの姿があった。その厳めしい顔付きは普段より一層険しさを増し、彼女が酷く苛立っていることを伝えている。リンクはその場に縮こまった。
そしてインパが何か言うより早く叫んだ。

「ヒィィ!ごめんなさい!」
「元気があるのはよろしい。墓碑には殉職と刻んでおいてやろう」
「おいおいおい」

土下座するリンクと、それに斬りかからんとするインパ、傍観者のガノンドロフ。三者は一瞬互いを見つめ合い、深く溜め息を吐いて居住まいを正した。

「こんなことをしている場合ではなかったな」

最初に口を開いたのはインパ。次いでガノンドロフがインパに問う。

「どうだ、誰ぞ姫の正体に気付いた者はいたか」

リンクとインパが深刻そうにしている中、ガノンドロフはどこか状況を楽しんですらいる節がある。インパはふんと鼻を鳴らした。

「いや、今の所はまだ誰も。我が国が腑抜け揃いで助かった。嘆かわしいことにな」

それから彼女は再びぎろりとリンクを睨み、間髪入れずにその頭にげんこつを見舞う。リンクは甘んじてそれを受け、その場でうずくまって悲鳴をかみ殺した。
そんなリンクの頭上に、インパは追い討ちをかけるように続ける。

「貴様…軽々しくゼルダ様を外に連れ出すなと再三言っただろう!それともお前の耳は私の言葉を聞き流していたか!」
「す、すみません!本当にすみません…」
「それに、だ。お前はもはや一介の兵ではない。ゼルダ様の身辺を守護する誉れある身。お前自身の一挙一動にも世間は注目していることを自覚しろ」

インパに叱られ、リンクはその場に正座して肩を落とす。その様はまるで子供だ。事実、リンクはまだ齢17、少年の域を脱しない。
しかし彼の纏う鎧は雑兵のそれとは違う。磨き上げられた銀の鎧と、美しくハイラル王家の紋章が刺繍された厚手のマントを付けられるのは、ハイラル騎士団の中でも隊長クラスの人間のみ。
リンクは、ハイラル騎士団の中でも王女の身辺警護を務める第九小隊の隊長だった。
幼い小隊長はうなだれた。

「ゼルダを守るべき身でありながら、ゼルダを危険に晒すなんて騎士失格です。かくなる上は、この命をもって償いとさせて頂く所存…!」
「おいおい」

大袈裟な口上と共にリンクは腰の剣を抜いて自らの脇腹にひたと押し当てる。インパは呆れたように頭を押さえ、ガノンドロフがやる気なくリンクの愚行を止めた。
――要するに、全員がこの事態の収拾に解決策を見いだせないのだ。
リンクとガノンドロフがわいわいやっているのを眺めつつ、インパは小声でぼやいた。

「頭の固い連中に目を付けられなければいいが…」

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