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「やぁ。待ってたよ」

ネスと子リンの二人が屋根の上に駆け上がると、その頂上にいたネスのあくまが二人を見下ろして笑った。溢れ出るオーラは漲るサイコパワー、そして敵意の表れである。ネスのあくまはPSIの構えを取った。抜刀しかける子リンを制し、ネスが歩み出た。

「懲りない奴め。今日こそ引導を渡してやる」
「それはこっちの台詞さ。お前はぼくに負ける。ぼくがここに存在している時点でお前は既にぼくに負けてる」
「試してみればいいさ」

あくまに負けず劣らずのサイコパワーを放つネスは、普段の乱闘の時とはかなり様子が異なる。恐らく、これがネスの本気なのだろうと子リンは漠然と思った。
子リンは剣を鞘に収め、一歩退いた。それを合図に、二人のネスはPSIで底上げした脚力で飛び上がると、空中で同時に叫んだ。

「「PKサンダー!」」

至近距離から放たれた雷は、四方に迸ってばちばちと弾けた。その大部分は相殺され、消失してしまったが、戦闘の渦中にある子リンにしてみれば迷惑この上ない話である。
ネスとそのあくまはふわりと屋根に着地し、態勢を整える。少し早く立ち直ったあくまが、腕を天に掲げて叫んだ。

「PKキアイΩ!」
「やば…」

素早く飛びすさり、子リンの前に出たネスは、両足を踏みしめて防御の構えを取る。子リンが何か言おうと口を開いたが、それはネスの気合いの声にかき消された。

「サイコシールドΩ!」
「!」

あくまの指から幾何学的な模様が浮かぶ光線が放たれようとしていたが、彼はネスの構えを見るなりその攻撃を上空に逃がす。
サイコシールドはPSI技を跳ね返す防御特化のPSIである。このまま撃てば返り討ちに遭うとの判断だった。
ネスはにやりと笑った。

「その程度の頭はある訳だ」
「…ぼくはお前だからね、忌々しいことに」

吐き捨てるあくまに、ネスは嫌悪の表情で怒鳴った。

「僕は認めないよ。君みたいな悪が僕だなんて!」

そしてどこからともなくバットを取り出し、あくまに殴りかかる。あくまは同じくバットを取り出し、それに応戦した。
木製のバットを振り回し、時にPSIで威力を増した足技や頭突きを駆使して、二人のネスは激しく戦い、そして罵り合った。
ネスとそのあくまは、お互いを激しく嫌悪をしているようだった。
あくまが叫んだ。

「はは、ははは!恐怖、怒り、憎しみ、嫉妬。
そんな感情に蓋をして、聖人君子にでもなったつもりかい?」

ネスの頬に僅かながら朱が差した。

「…まさか。ただ僕は、戦う為に」
「よく言うよ。ぼくは知ってる。君の中にだって人並みに、いや人並み以上に、そんなどす黒い感情があることを!だから、ぼくが生まれた!」

あくまがネスのバットを弾く。ネスはよろめいて、しかしすぐさま立て直してバットを構えた。

「さっさと消え去れ!僕の中にそんな感情なんていらない。恐怖も怒りも憎しみも、みんな追い出してやる!」

が、ネスが飛びかかったところで軽々とあくまにその攻撃を受けられ、ネスは再び弾かれ尻餅をつく。それを見下ろしてあくまは高々と笑った。

「ははは!焦ってるな、図星なんだ。やっぱりお前はヒーローなんかじゃない。醜くて、弱虫で、浅ましい…――!?」

雄弁に語るあくまの頬を、ひょうと一本の弓矢が掠る。あくまとネスがはっと振り返ると、弓に矢をつがえる子リンの姿があった。
子リンは物憂げに二人を見詰めた。

「…あまり、自分自身を貶めないで」
「何を――」
「何かを恐れるのは悪いことじゃないし、怒りを覚えるのは人間なら当然のことだ」

子リンは構えていた弓を下ろし、ネス二人に歩み寄って行く。あくまは怪訝そうに子リンを睨んだが、ネスの方はバツが悪そうに目をそらした。
子リンは続ける。

「ネスの心の問題だから、口出しするのはどうかと思って黙って見てたけど…ネス、君は真面目過ぎるよ。ヒーローだからって、聖人君子である必要はない」
「…じゃあッ、子リンもあくまの言う通りだって言うの?!」

ネスが憤慨したように怒鳴る。あくまはしたり顔でネスを見たが、子リンは首を横に振った。

「勿論、違うよ。僕は君を弱虫だなんて思ってない。…でも、ねぇ、ネス。恐怖も憎しみも怒りも、本当に全部必要ない?追い出さなきゃダメかな?」
「…どういうこと?」

黒い瞳をまん丸にして、ネスが首を傾げる。あくまが鼻で笑ったが、それは無視して、子リンは珍しく真摯な表情で訴えた。

「僕はね、君が感じたこと全てが君を構成する全てになると思うんだ。それが例え憎しみや、怒り、恐怖だったとしても、君には必要なんだよ…絶対」
「――詭弁だ!」

あくまが突然鋭く叫んだ。彼は顔を赤くして、肩を怒らせ子リンに掴みかかる。ネスは慌てて立ち上がったが、子リンは目でその動きを制し、あくまに向き直った。あくまは怯んだように子リンの胸ぐらを掴む手を緩めた。
口ごもるあくまの前に、子リンはたたみかけた。

「詭弁?何故?」
「…お前はネスに都合のいい逃げ道を与えてるだけだ。怒りや恐怖、憎しみがヒーローに必要?そんな馬鹿な話がある訳ない!」

自分の言に勇気付けられたか、あくまは子リンに向き直って不敵に笑う。が、子リンの後ろからネスが顔を出し、そんなあくまの腕を掴んだ。ネスは静かな眼差しであくまを見据えた。
先までにはない光をその瞳に感じ、あくまは再びたじろぐしかなかった。逃げようとネスの手を振り解こうとするも、反対の腕を子リンに捕まえられてしまう。
ネスは言った。

「もしかしたら…僕は君に対する接し方を間違えていたのかも」
「なに…」

あくまの顔から血の気が引く。子リンからもネスからも敵意が感じられない。それがあくまには末恐ろしかった。
ネスは続ける。

「君は僕の弱さで、君がいなくなれば僕は弱さを克服出来ると思ってた。…でも、弱さを克服することと、弱さを切り捨てることは、違う」
「…何を言ってる。お前はネス、浅ましく弱虫な偽善者だ。ぼくを憎み、嫌悪して、己の愚かさに恐怖しろッ!」

激昂するあくまの言にネスは少なからず顔を歪める。しかしすぐさま子リンが口を挟んだ。

「ネス」

子リンの声に、急速にネスの気持ちが落ち着いていくのが分かる。
ネスが子リンを見た。子リンもまたネスを見た。

「一人で大丈夫?」
「うん」

ネスは頷き、あくまと向き直った。あくまは後退りするが、ネスはその手を握りしめた。

「ごめんね」

あくまが目を剥く。彼は怯えるようにネスを見る。ネスはただまっすぐにあくまを見、手を握る力を込めた。

「自分を嫌って、憎んでいた、愚かな僕を許して」
「…あ…――」

束の間、あくまはネスに握られた自身の手を見つめ呆然としていた。しかし次の瞬間には光の粒子となって霧散し、跡形もなく消える。子リンが短く「あ」と声を上げるが、ネスは子リンを振り返って大丈夫、と手を上げる。

「あいつは僕の一部。僕の中に返っただけさ」
「ネス、君は――」
「ああ、勿論大丈夫」

ネスの体調を案ずる様子の子リンに、ネスはにこりと笑ってみせる。そこはかとなく疲れの窺える顔ではあるが、晴れやかさで言えば常と変わらない。

「君のおかげでなんとかなった。ありがとう」
「…僕は何もしてないよ。君は自分の弱さを認め、受け容れた…元からあった君の強さだ」
「礼くらい素直に受け取ってよ。僕の立場がないじゃん」

ネスは軽く頬を膨らませる。それには照れるように表情を綻ばせた子リンは、小さく頷いて仄かに耳の先を赤らめるのだった。



→あとがき

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