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少年は、飛び起きた。理由はごく単純、凄まじい物音が屋敷中に響き渡った為だ。次いでバタバタと扉が開く音がし、誰かの話し声が聞こえる。少年も慌ててベッドから降り、スリッパに足を突っ込むと愛刀をひっ掴んで部屋を飛び出した。
少年が部屋から出ると、ネグリジェ姿のピーチとパジャマにいつもの帽子という不思議な格好のマリオが彼を振り返った。長い廊下に並ぶドアはまばらに開き、そこから幾人かが眠そうな顔を突き出して怪訝そうな顔をしている。
少年はマリオに問うた。

「何があったの?こんな夜更けに」
「あぁ、子リン。俺たちにも分かんなくてな、今から見に行くところだ。多分厨房だろ」
「僕も行くよ」

子リンは愛刀をたすき掛けにベルトで留めながら言った。おお、とマリオは頷く。子供は部屋に戻って寝ていろ、とは言わない。そんなことを言えば子リンの逆鱗に触れることをマリオは知っていたのだ。仮にそうでなかったにせよ、彼は少年の申し出を断ることなどなかっただろうが。

途中、マルスとフォックスが加わって、彼らは4人で例の物音がしたと思われる厨房を覗いた。

「こりゃ…酷いな」

最初に口を開いたのはフォックスである。彼の言葉の通り、そこは酷い有り様であった。
彼らの目に飛び込んできたのは、まるで爆発でも起きたかのように黒こげな厨房だった。壁は穴が空いているし、フライパンやら何やら調理器具や皿の類が散らばっている。常から厨房を管理しているリンクが見たら卒倒しかねない。

「リンクが泣くな」
「…しかし、一体どうしてこんな…」

マルスが他人事のように呟き、それを全く黙殺したマリオが深刻そうに眉をひそめたところで、彼らの背後で小さな物音がした。はっと全員が振り返ると、そこには赤い野球帽を目深に被り、ボーダーのシャツを着た少年が立っている。
フォックスがふにゃりと表情を崩した。

「ああ、ネス。お前も来たのか。実は――」
「…ふふ」

状況を説明しようとフォックスが言い差した矢先、ネスは何故かくすくすと笑った。首を傾げるフォックスに向けて、ネスはぴしりと人差し指を向ける。
瞬間、ネスの指先から炎が弾けた。PSIを使った攻撃PKファイヤーである。突然の事態に反応出来なかったフォックスをマルスが引きずり倒し、飛来した炎の塊をマリオがスーパーマントで跳ね返す。
跳ね返された炎は厨房と繋がる食堂に着弾し、椅子やら机やらを吹き飛ばした。が、相変わらずネスはくすくすと笑い、再びPSIの構えを取る。子リンは剣を抜き放ちながら叫んだ。

「なに考えてるんだよ、ネス!冗談キツいよ!」
「冗談?ぼくは真面目さ」

ネスの体から禍々しいオーラが溢れ出る。彼の黒く丸い瞳は、その時に限って赤く光っていた。
ようやく、彼らは事態の異常性に気付き始めた。

「…あれ、ネスか?」
「さぁ」
「少なくとも匂いはネスだが」

マリオが問い、マルスが肩を竦め、フォックスがすんと鼻を鳴らしてから答えた。
子リンは先頭に立ち、ネスとお互いを牽制しあっている。そんな中、最初に動きを見せたのはネスだった。何かに気付いたように振り返ると、そのまま子リンたちに背を向けてだっと駆け出す。止める間もなく、ネスは食堂から走り去ってしまっていた。
あまりのことに動くことすら忘れていた4人であったが、最初に我に返った子リンは、大人3人を振り返ると盛大に舌打ちした。

「役に立たない大人だな…」

子供らしからぬ剣呑な眼差しで大人を睨んでから、子リンはネスのあとを追って駆け出した。萎縮するしかないマリオとフォックスに対し、マルスは爽やかに笑って「珍しく大人を頼っていたんだね」と呟く。
既に廊下まで出かかっていた子リンは、しかし振り返るとマルスに向かってブーメランの全力投球を見舞った。

***
子リンは抜き身の剣を片手に夜の屋敷を全力疾走していた。既に屋敷は静けさを取り戻し、再び住人たちは眠りについたらしいことが分かる。それが幸いして、子リンにはネスの足音がよく聞こえていた。故に迷わずあとを追えるのだ。
ネスはどうやら最上階に向かっているらしかった。何をする気なのかと子リンが考えを巡らせていると、突然廊下の角からぼうっとした白い影が飛び出した。

「うわぁ!?」
「ひゃッ」

激突を避けようと子リンは急ブレーキをかけたが間に合わず、その影に激突してしまう。それは甲高い悲鳴をあげてひっくり返った。慌てて跳ね起きて子リンは自分がぶつかった相手を見る。そして目を剥いた。

「…ネス??」

ひっくり返っていたのは、子リンが追っていたはずのネスである。が、彼は野球帽を被ってはいなかったし、縦縞の入ったパジャマ姿であった。黒い癖毛が好き勝手な方向に跳ねているところを見ると、つい先まで寝ていたのだろう。
子リンの呟きに反応してネスが体を起こした。

「やぁ…ごめん、僕急いでて…ところで君、“ぼく”を見なかった?」

そうして意味不明なことを口走る。
しかし現在進行形で“ネス”を追っていた子リンは、なるほどと頷いた。

「見たよ。僕は野球帽を被った“ネス”を追ってたところなんだ。彼は誰だい?いきなりフォックスを攻撃したり、だいぶ君らしくなかったけど」
「あー…あいつそんなことしたの…」
「ついでに言えば、多分厨房も壊した」
「うわぁ」

ネスが苦虫を噛み潰したような顔をする。子リンがそんなネスの表情を見、それから心配そうに廊下の先をちらりと見ると、それに気付いたネスが「走りながら説明するよ」と提案した。子リンは快諾した。

******
「まぁ、簡単に言うとさ」

階段を軽やかに駆け上がりながらネスが言う。子リンはそのあとを追った。

「あいつは僕の一部。僕の憎しみや恐怖、怒りを糧に造られた“もう一人の僕”なわけ」
「僕とダークリンクみたいな関係?」
「ああ、そう。僕はあいつを、“僕のあくま”って呼んでるよ」

ネスは冷静な口調で説明していく。が、そこにはどことなく自身の悪感情に対する嫌悪や畏怖などが滲み出ている。
ネスは苦々しげに吐き捨てた。

「一度は倒したんだけど、結局あいつは僕自身でもある訳だから、復活しちゃったんだろうね」

ネスの口調は重い。
子リンは少し考えるように視線を落とし、それから立ち止まった。ちょうど、ネスのあくまが出て行ったと思われる、屋根裏に続く階段の前でのことである。
子リンは困ったように眉尻を下げた。

「…どうする?僕は手を出さない方がいいかい?」

子リンが問うと、ネスも階段の少し先で振り返り、足を止めた。

「いや」

そして、気恥ずかしげに笑った。

「出来れば、誰かいてくれた方が、助かる」
「なら、僕は出来る限り君を助けるよ」

珍しく子リンが満面の笑みを見せる。それに安堵したようにネスも笑い、二人は頷き合ってから屋根の上へと繋がる天窓を押し開けた。

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