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会場に流れる空気に変化はない。ただどこからともなく陽気なBGMが聞こえてきた。街並みは何処までも穏やかで、殺伐としたものなど一切ない。
そこで乱闘をせよというのだから、創造神も大概どうかしている。

しかし幸か不幸か、ここに集うのは“どうかしている”集団だった。

「ストックは1、時間制限なしのガチンコ勝負…いいね、燃えてきた」

野球帽を深く被り直してそう呟くのは黒髪の少年である。防寒着を纏う二人組もまた、先までは持っていなかった大振りの木槌を手に好戦的な表情を見せる。

「三対一ってのはちょっぴり気が引けるけど」
「僕たち負けるのはもっとキライ!ガノンおじさん、悪く思わないでね」

誰もが乱闘に積極的で、なおかつゲーム感覚の軽いノリである。
最後に剣を構える子供勇者は、かつて魔王が見たどんな時の勇者の表情よりも、生き生きとした顔で笑ってみせた。

「降参するなら今のうちだよ?あとで吠え面かいても知らないからね」

魔王もまた笑う。怒りを通り越して笑うしかなかった。

「…糞餓鬼共が!」

のどかな街並みが紫炎の炎で真っ二つに割れた。ひゃあ、と悲鳴を上げるのは子供たち。しかし街並みはあくまでオブジェであり、そこに住まう住人は存在しない。
魔王の力任せの技は子供たちには届かなかった。体の軽さを生かした圧倒的な機動力で子供たちは即座に魔王から距離を取る。さすがにこの世界に招かれただけあって、子供とはいえバカではない――というのが乱闘が始まった直後の魔王が、子供たちに抱いた印象だった。
子供たちはただ距離を取るだけではなく、遠方から飛び道具で攻撃してくる。それは矢であったり、氷塊であったり、或いは正体不明の光弾であったりした。

「接近はしないで。魔王は中近距離戦型だから」

攻撃の合間に子供勇者がそんな指示を飛ばす。他の子供たちは素直にその言葉に従った。つい今し方決まったチームではあるが、統制はきちんと取れているようだ。
気に食わないが、しかし魔王は内心で満足もしていた。子供の相手をせよというからお守りでもさせられるのかと思っていたが、なかなかどうして強者揃いではないか。子供相手に本気を出すつもりもないが、暇潰しくらいにはなるだろう――そう思っていた。
無論、それは大きな間違いである。

「PKフラッシュ!」

野球帽の少年の放つ眩い光が、魔王から僅かにそれた民家の屋根に着弾した。刹那、閃光が炸裂し、会場に轟音が鳴り響く。それまでの手緩い遠距離攻撃とは訳が違う。
さすがの魔王もやや度肝を抜かれて呆然とする。そこへすかさず防寒着の二人組が氷塊を投げつけ、それを辛くも交わした魔王に子供勇者が飛びかかる。
気が付けば魔王は防戦一方で、しかも子供たちの遠距離攻撃による蓄積ダメージも100を超えようかというところ。対する子供たちはほぼ無傷で、そろそろ方を付けようと遠巻きの攻撃から決定力のある近距離攻撃へと戦法を変えてきている。
加減などしてやらぬ――と言った割に、しっかり手加減してやっていた魔王は、思わぬ局面にようやくやる気になったようで、子供たちが接近戦に転じるや否や、紫炎を纏う拳で反撃を開始した。
大きく開いていたはずのダメージ差はあっという間に並び、魔王が反撃に転じてからいくらも経たないうちに、防寒着の二人組が魔王の拳の餌食となった。溜め動作が長い反面、爆発的な威力を持つ魔王の拳はまさに一撃必殺。体が軽く吹っ飛び易い子供たちが食らえばひとたまりもない。
しばし魔王と子供二人は膠着状態となる。子供勇者と野球帽の子供は目配せの後、野球帽の子供の方が口を開いた。その機動力故に体力の消耗も激しい。時間稼ぎといったところか。

「…子供に華を持たせようって気はないの?」

魔王は機嫌が良いのか、低く喉を鳴らして笑った。

「ろくな大人にならんだろうが。世の中の厳しさを知れ」
「アンタがそれを言うのかい」

皮肉げに子供勇者が首を傾げる。魔王は答える代わりに子供二人に拳を振り下ろした。子供たちは慌てて緊急回避を取るが、僅かに遅れた野球帽の子供が魔王の裏拳に直撃し、悲鳴を上げながら遥か彼方へと吹っ飛ばされた。――比喩などではなく、言葉通りに星となったのだ。
三対一という有利な立場も、仲間が次々と撃墜され、ついに差し向かいとなった魔王と子供勇者。前者は余裕の表情で闊歩し、後者は先までの余裕はどこへやら、じりじりと後退を余儀無くされる。

「…大人げないとは思わない?」

子供勇者の言葉にも、もはや魔王は動じなかった。後ずさる子供勇者に、倍の歩幅で歩み寄る。

「俺は盗賊王だ。ならず者に道理を説こうとは、貴様も酔狂だな」
「意外と正論吐くね」
「貴様は随分と可愛げが無くなった」
「…僕にも色々あったんだよ」

ついに魔王と子供勇者の距離はほぼ零になり、子供勇者は聳え立つ巨漢の王を見上げる。放たれる殺気は先までの“お遊戯”とは比べ物にならず、子供勇者は抵抗を諦めて剣を取り落とし、両手を上げて降参の意を示す。
魔王は腰の剣を抜きはなって、子供勇者の首筋にぴたりと添えた。

「何か言い残すことは?」

魔王が問えば、子供勇者はにやりと笑った。

「楽しかったよ。またやろうね」

皆まで聞かず、魔王は長剣を横薙に払って子供の首を刎ねる。しかし手に残るのは鈍器で殴ったような鈍い衝撃のみで、子供の姿も五体満足のまま吹っ飛ばされて、背景と同化して消えていった。

一人取り残された魔王は、乱闘終了の合図を聞きながらぼんやりと空を見上げる。
あらゆるものが故郷とは違っていた。空気も、匂いも、人も、法則も。

「悪くはないな」

ぽつりと零した呟きは、現実世界の空気を震わせることはなかった。



→あとがき

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