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かつて極めた栄華は小賢しい小僧に潰されたとはいえ、魔王ガノンドロフの本質は悪逆非道の大魔王である。それは争う必要のないスマブラの世界に訪れても変わらず、ガノンドロフは馴れ合いを良しとはしなかった。
あるヒゲの配管工(兄)はおおっぴらに友好を求めてきたし、そのライバルだと公言する亀魔王にしても配管工と大差ない友好的な態度に出る。当然ながらガノンドロフはそれに応じなかった。魔王にとって自分以外の存在は利用出来るか出来ないかに二分される。利用価値のある相手ならば、多少は目もかけようというものだが、明らかに平和ボケした中年と亀に魔王の目が留まるはずもない。
しかし中年も亀も魔王のそんな態度に気を悪くするでもなく、ただ「お前はクール担当だな!」の一言で片付けられた。魔王にとっては非常に不名誉な位置付けだった。

本来ならば、乱闘というふざけたシステムに参加する義理も義務も、魔王にはなかった。命の懸からない殺し合いというなんとも穏便なんだかそうでないんだか分からないイベントに、魔王は価値を見出さなかったのだ。しかし、宿敵であるあの小僧に「臆病者」と罵られれば話は別だ。魔王は仕方なく、重い腰を上げた。
乱闘は、4人一組で行う。決められた会場内で思い思いに戦い、足場から落ちたり場外に飛ばされれば負け。乱闘の会場内では創造神の力が作用し、あらゆる致命傷も肉体には残らない。
箱庭だな、と魔王が鼻で笑うと、創造神は「うん、そうだよ」と事も無げに頷いた。

いざ魔王が乱闘の為の会場(仮想空間と創造神は呼ぶ)に足を踏み入れると、しかしそこはおよそ乱闘には向かなさそうなビビッドカラーの街並みで、そこで待っていたのは魔王の腰にも届かぬ背丈の子供たちであった。赤い野球帽の子供と、色違いの防寒着に身を包んだ二人組の子供、そして見慣れた緑衣を纏うやはり子供である。
それまでは視界の隅にすら映らなかった彼らを、魔王は初めてまじまじと見つめた。

「わぁ、おじさんが対戦相手?」

緊張感の欠片もなく防寒着の二人組がぱたぱたと駆け寄ってくるのを魔王は鬱陶しそうに見やる。おじさんという呼称も気に入らないが、自分の対戦相手が子供というのも納得がいかなかった。しかもその子供たちには敵意の片鱗すら見られない。宿敵であるはずの緑衣の少年ですら、嫌悪の表情こそすれ敵意を見せはしなかった。

「あたし、ナナ!こっちはポポっていうの。おじさんはなんて名前?さっき子リンに聞いたけど、長くて覚えられなかったの」
「えーと、確かビーストロガノフ?」

防寒着の少女と少年が溌剌と声をかけてくる。魔王は馴れ合う意思のないことを示す為にそっぽを向いたが、向いた先には別の野球帽の少年がいた。つまるところ、魔王は子供たちに囲まれていたのだ。

「おじさん、子リンの世界の魔王なんだってね。泥棒やってたって本当?」
「やっぱり怪盗って呼ばれてた?ハングライダーは使える?」
「魔法が使えるんでしょ。ハトとか出せる?」
「ガンモドキおじさん、僕トランプマジックが見たい」

子供たちは目を輝かせて次々と矢継ぎ早に魔王に質問を浴びせかけた。しかも子供勇者によって間違った先入観を植え付けられたらしく、さすがの魔王も無視で通すことに早々と限界を感じざるを得なかった。
少し凄めばすぐに近付いて来なくなるだろう。そう思い、魔王はぎろりと子供たちを睨み据えた。

「…黙れ小童。俺の名はガノンドロフ、砂漠の盗賊王だ――…そんなところにハトはおらん!マントに触るな!」
「きゃー、怒ったー」

が、ちょこまかと魔王の周りを動き回る子供たちは、魔王のマントを覗いたり、腰の長剣を触ったり、とにかくやりたい放題だ。挙げ句、魔王がドスの利いた声で怒鳴っても、きゃいきゃいと騒いでクモの子を散らすように魔王から離れ、しかし再び元の位置に戻ってくる。
この子供たちの頭を一人ずつ握り潰してやろうかと魔王は一瞬思ったが、子供勇者がけたけたと笑ってそんな魔王の怒りに油を注いだ。

「ははは、ざまぁないね魔王。ハイラルを震撼させたアンタの手腕も、ここじゃ子供一人怯えさせることすら出来ないんだからさ」
「貴様…」

魔王の足元から紫炎の禍々しいオーラが吹き出す。いかに子供といえど、彼が魔王の宿敵たる時の勇者であることに変わりはない。時の勇者が絡むと、魔王の沸点は途端に下がった。
本気でキレかかった魔王を前にして、さすがに子供たちは数歩後ずさったが、子供勇者は寧ろ前に歩み出た。歩み出た子供勇者は、およそ子供らしくない他人を見下した表情で続ける。

「聞けば今回の乱闘も“過去の僕”に発破をかけられて渋々出たそうじゃないか。やっぱり老体に激しい運動は辛いかい?それとも賢者の封印が相当堪えたのかな?」
「…黙って聞いておれば調子に乗って」

魔王は紫炎を腕に纏いながら歩を進める。先までの和やかな雰囲気が一転して、冷ややかなまでに辺りの空気が張り詰めた。

「子供だからとて加減してやると思うなよ。貴様ら全員、纏めてその口聞けぬようにしてやる」

魔王が言えば、しかし子供勇者は待ってましたと言わんばかりに口角を吊り上げる。不可解な子供勇者の表情に魔王が疑いを差し挟む隙もなく、仮想空間に間延びした声がこだました。

『えー、ガノンドロフくん。今のはチーム戦への参加表明と見なすけど、いい?いいよね』

姿は見えずとも、その声はこの箱庭の管理人たる創造神のものである。魔王は不愉快そうに眉を顰めた。

「…何の話だ?」
『だから、チーム戦。まぁ習うより慣れろっていうし、とりあえず始めよっか。チームは子供チーム対ガノンくん。せいぜい頑張ってね』

端から説明の努力を放棄している創造神は一方的に会話を打ち切る。魔王の次なる抗議は、乱闘の開始を告げる高らかな電子音に見事にかき消されたのであった。

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