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それから、二人は言葉少なに会話を交わし、結局リンクはマルスにその場を託して帰っていった。一方マルスは静かに扉を閉め、音を立てぬようにネスのベッドの横に戻ってくる。はっとしたネスが狸寝入りを決め込もうとするも、マルスはベッドの手前でネスが起きていることに気付いて苦笑した。

「起こしてしまったかな?」

普段あまり聞けない穏やかな声音でそう問うてくる王子に、ネスはそろそろと目を開ける。マルスはネスの額からタオルを取り上げ、洗面器に張った水に浸した。そこでようやくネスは額にタオルが乗っていたことを知る。

「調子はどうだい」
「…だいぶ楽」
「何か飲むかい?」
「うん」

のろのろと起き上がって、ネスはマルスからグラスを受け取る。まだ頭がぼんやりとしていたが、それは心地良い微睡みと大差ないようで、起き上がるにも苦ではない。
グラスに注がれたのはスポーツドリンクで、突然ネスは喉が渇いていることに気付いた。
ネスがちびちびと飲み物を口に運んでいると、ひやりとしたものが額に当たる。マルスの手がネスの額を覆っていた。彼は自分の額に反対の手を当て、にこりと相好を崩した。

「ほとんど平熱だ」

ネスは小さく「そう」、と呟いてまた一口グラスの中の液体を飲み下した。熱が下がったのが、少し残念だった。
熱が出るのは辛いが、こんなマルスが看病をしてくれるなら、それも悪くはないかもと思う。都合よく、ネスは寝る直前の険悪な二人のやりとりを忘れていた。
ネスはマルスを見る。

「もう帰っちゃう?」

ほとんど体調の回復したネスに、もう看病はいらないだろう。しかも先のリンクとの会話から察するに、マルスはあれから一睡もしていないらしい。申し訳ない――とこの時のネスは殊勝にもそう思っていた――とは思うものの、出来ることならもう少し、そばにいて欲しいと我が儘を言いたい。
マルスは首を傾げた。

「なんで?」
「だって、もう熱もないし…王子は寝てないって…」
「子供が遠慮をするもんじゃない」

空になっていたグラスをネスの手から取り上げ、マルスは少年の肩を押してベッドに押し戻す。そのまま布団をかけて、ネスの顔を覗き込んで目を細めた。

「君が明日起きるまで、僕はここにいるよ。だから、安心してお休み」
「でも」
「聞き分けないと耳元で子守唄を歌うぞ。僕の美声を朝まで聞きたいというなら話は別だがね」
「…僕の眠りを妨げたらPKファイヤーで消し炭にしてやる」
「ははは、それでこそ君らしい」

声を上げてマルスが笑う。あんなでもやはり心配はしていたのか、普段通りのネスの切り返しにようやく安堵したらしい。

言葉の通り、マルスは次にネスが目覚めるまで――つまり朝まで――ネスの隣にいた。勿論、眠っていたネスにはマルスが本当にずっとこの場に居続けたかどうかは分からない。が、そんなことを邪推するほどネスもひねくれてはいない。
眠そうな蒼い瞳と目が合って、マルスが邪気のない顔で「おはよう」と言うのを聞くと、ネスは何か考えるより早く口を開いていた。

「ありがとう」
「…ん?」

マルスが首を傾げる。途端、ネスの意識は覚醒し、布団を蹴り上げて跳ね起きた。
――自分は今、なんと言った?もしかしなくとも、とてもこっぱずかしいことを口走った気がする。
慌ててネスは言い募った。

「違う、違うよ!おはようって言ったの!なんだ、本当に朝までいてくれたんだ。アンタも暇だね王子様ッ」

起きるなり慌ただしいネスを前に、マルスはぽかんとしている。寝ていないためか、普段より反応が鈍い。マルスはのろのろと口を開き、結局何も言わずに閉じた。
貼り付けたような笑みではなく、自然な表情のマルスというのはあまり見れたものじゃない――と熱も下がって平常心を取り戻したネスは思う。それは今まさに彼の前にいる王子がそうな訳だが、無害そうで、そこはかとなく物憂げで、何だか頼りなかった。
唐突に、ネスは不安になった。彼の目に今のマルスは、あまりに脆く写ったのだ。

「…ああ、もう!張り合いないな!さっさと寝てきなよ、じゃないと僕の風邪が感染るよ!」

――今の王子なら、容易く風邪の一つや二つ、もらいそうだと――
マルスはネスの顔を見詰めて僅かに黙り込んだ後、驚くほど爽やかな笑みを浮かべてそれに応えた。

「健全な肉体に健全な魂は宿るという。その逆もまた然り。つまり、完璧な魂の宿る僕は風邪などひかないのさ」

ネスの心配をよそに、マルスは突然立ち上がって優雅に前髪をかきあげ、見事にポージングまでしてみせた。唖然とするしかないネスとは対照的に、マルスはぺらぺらと自画自賛を並び立てる。
最初こそ呆然としていたネスだが、マルスの尽きぬ自己愛の発露にその眉が危険な角度につり上がっていく。しまいには「鬱陶しい!!」の一言と共にPKフラッシュが炸裂し、狭い室内に閃光が迸った。
しかし、それこそネスの望む日常であり、優しすぎるマルスもいいけれど、こうして喧嘩紛いの会話をしているのが一番安心出来るのだ。

「全く、なんなんだアンタは!心配して損した!」
「ははは、おかしなことを言うなぁ君は。熱を出して倒れたのは君で、心配されるべきは君だろう?それとも何かな。僕の甲斐甲斐しい看病に少しは感じ入って、僕のことを心配してくれていたのかい?」
「…ッ出てけェェェ!!」



→あとがき

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