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脇に挟んだ電子体温計が、ピピピと耳障りな機械音を上げた。それを取り出そうと少年が重い体を起こそうとすると、しかし青年の手がそれを押し留めた。

「寝ていたまえ」

不遜な調子でそう告げられて、不満げに少年は頬を膨らませる。そんな少年を後目に、抜き取った体温計の表示を見つめてから、青年は緩く口角を吊り上げた。

「こうして大人しくしていれば、まぁ可愛げがなくもないな」
「う、うっさいな!看病する気がないなら出てけッ」

少年は感情の高ぶりから癖のある黒髪を逆立てながら唸る。一方青年はふぅと呆れ気味に溜め息を吐き、少年に体温計の数値を見せた。少年は、げ、と目を剥く。

「40度2分。普通なら起き上がるのも億劫だろう。君は存外元気なようだが」
「看病してるのがアンタじゃ、気が休まらないっつーの」
「ならば魔王を呼ぶかね?」

マルスが蒼い瞳を細めて笑う。この時彼が示唆したのは、世話焼きな亀魔王の方か、それとも容貌魁偉の巨漢の王か、ネスには定かではなかった。が、どちらにしろ目に諄いメンバーであることには変わりない。見目だけならば、粛然とした貴族の気品を漂わせるこの男の方が、そばに置くには遥かにマシだった。
――それくらいのポジティブシンキングでもしなきゃやっていけない、とネスは布団を鼻までずり上げて王子を睨んだ。そもそもの原因は、一人は心細いという旨をうっかり漏らした自分の落ち度なのだ。それを聞いたピーチだかゼルダだかが看病に人を寄越した訳だが、よりにもよってそれはネスが毛嫌いしているマルスであった。
しかし、ネスの心は複雑で、それでも自分が一人でないことに変わりはなく、安堵してしまう自分にどうしようもなく腹が立つ。

「…さっさと僕の風邪もらって寝込んでよ。そうしたら僕の風邪は治るからさ」

感謝の気持ちがない訳ではない。それでも口を付いて出るのは悪態ばかり。
またそれを余裕の表情で受けるマルスに腹が立つ。

「君、本当に口が減らないね。寝てる間にその口縫い止めてやろうか?」
「……」
「冗談だよ。シールドを解除したまえ」
「あんたならやりかねない…」
「…君、人を何だと思ってるんだい」
「ナルシスト。モヤシ王子。人格破綻者。口から先に生まれた詐欺師」
「ネス君、シールドを強化したまえ。今日のシールドブレイカーはヤワなシールドならば粉砕するぞ」
「びっ、病人相手に無茶苦茶すんな!」

晴れやかな笑顔はそのままに、マルスは立ち上がって鞘から神剣を抜き放つ。ネスは大慌てでシールドを強化したが、結局マルスがその神剣をネスに向けることはなかった。代わりに立ち上がったその足で水差しを取りに行き、グラスに水を注いでネスに差し出す。
はてなと首を傾げるネスに、マルスは再び尊大な口調で言う。

「遊びはこれくらいにして、さっさと薬を飲んで寝るんだ。治るものも治らない」
「誰のせいだと…」

正論ではあるものの、マルスに言われると何処か納得のいかない台詞である。ネスはぶつぶつと不平を零しながら、マリオに渡された粉薬を水で喉に流し込む。それを見守りながら、マルスがにやりと口角を吊り上げた。

「それとも、何かな?風邪を長引かせて僕と一緒にいたいのかい?」
「もう寝ます!」

何処までも僕の神経を逆撫でしなくては気が済まないのか!と怒鳴ってやりたいところではあったが、ネスはそれをぐっと堪えて頭まで布団を被った。その布団の向こうからくすくすと耳障りの良い王子の声が聞こえるが、もう何かを考えるのが億劫だった。今更のように、ネスは自分が病人であることを思い出した。
薬の作用か、それともマルスとの口での応酬に相当疲れていたのか、ネスはいくらもしないうちに深い眠りへと落ちていった。

***

「――…あぁ、熱も下がってきた。薬のおかげかな」
「それもあるでしょうが、貴方がいるからネスも安心出来るのでは?」
「まさか。彼は僕に風邪を感染(うつ)してやると意気込んでいたよ」

心地良い微睡みの中で、ネスはぼんやりと聞き慣れた声を聞いた。額に置かれた何かがひんやりと冷たい。ぼやけた視界を巡らせると、薄暗い部屋の戸口でマルスが誰かとささやき声で話していた。恐らくリンクであろう。
リンクは溜め息を吐いた。

「どうせ寝てないんでしょう?看病、代わりましょうか」

リンクが言うと、マルスは低く笑った。

「自分のことを棚に上げて。そんなに僕が信用ならないかね」
「そういう訳じゃ…」
「心配いらないよ。好きでここにいるんだから」

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