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聞いたことのない喧騒で目が覚めた。例えるなら、そう、大勢の人でごった返すテーマパークのよう。しかし響く怒号は殺伐としていて、地を踏みしめる雑踏は荒々しい。

そこは、戦場だった。

人々は手に手に武器を取り、手当たり次第に敵軍に斬りかかっていく。それを遠目に眺め、半ば茫然としていると、こちらに気付いた大人が数人、やはり敵意をむき出しにして歩み寄ってくる。嗚呼、逃げなくては殺される。どんどんと迫る狂気の権化を前に、僕は他人事のようにそう思った。
大人たちの顔の造形がはっきりと判別出来る距離に詰められて、僕は現実逃避めいた疑問に首を傾げた。彼らの持つ武器は、剣や槍、斧、弓、そして魔法のようだ。どうも僕の母国とは世界観が違うらしい。そんなことを思っている合間に、剣を掲げた屈強そうな男が、僕に向かってその武器を振り下ろした。避けるという発想すら浮かばず、僕はただそれを見上げていた。

しかし、刹那に僕の視界は蒼く染まる。金色に煌めく刀身が輝く。長いマントが翻って、見慣れた装飾の施された鎧が目に入った。
痛々しい音がして、ぎゃあと男の悲鳴が上がる。すぐ後ろに控えていた別の男が更に僕に斬りかかろうとするが、それも例の蒼が素早くねじ伏せる。倒れた男の肩口から鮮血が吹き出した。

「無事かい」

いまだ痛みに呻く男たちから目を離し、蒼い男が僕を振り返る。見慣れた装束と底の見えない笑みが、そこにはあった。
マルスだ。
突然、安堵感と恐怖感とがどっと胸に押し寄せた。知らない場所に来た。殺されそうになった。けれど、王子が一緒にいる。僕は思わず捲し立てた。

「いや…っていうか、ここ何?マスターのアソビ?なんでみんな戦ってんの?」
「マスター?…すまないが、そんな知り合いはいないよ。ひとまず、本営においで。ここは危険だ」
「本営?お屋敷に帰るんじゃないの。早く帰ろう」
「うん、だからまずは本営で匿ってもらって…」

なんだか様子が変だ。いまいち会話が噛み合ってない。それに、王子が変だ。僕に対しての反応が、なんというか普通過ぎる。まるで初めて会う子供みたいに。

「…あんた、本当に王子?」

ジト目で問えば、王子は困ったように首を傾げた。

「そうだけど。…君はこの辺の子じゃないの?」
「は?何言ってんの。そもそも僕、ここがどこかも知らないし」
「ここはノルダ。君、もしかして奴隷市場から逃げてきたのかい?名前は?」

いよいよおかしい。王子は僕をからかっている様子など微塵もない。憐れむような、労わるような、そんな視線を僕に投げかけている。いつもの作ったような笑みはなりを潜めていた。
僕の知らない世界。僕の知らない王子。とすれば、彼は――

(――スマブラに来る前の、王子?そしてここは王子の“母国”――)

「お…王子、スマブラのこと、知らない?」
「すま…何だって?それより君、本当に大丈夫かい?もしかしてどこか頭でもぶったんじゃないか」

やはりスマブラのことを知らないらしい王子が怪訝そうにする。果ては僕の言動に対していらない心配までし始める始末。僕はついかっとなって口を開きかけたが、本当に心配そうにこちらを見下ろす王子を見ると妙に冷静になった。

「そんな――(いや待て、このまま本当のことを話したって僕の頭がおかしいと思われるのがオチだ)…まぁ、うん、少し気が動転してたみたい。もう大丈夫」
「嗚呼、そうか。それなら良かった」

僕の返答を聞いた王子がふわりと微笑む。その様があまりに聖人君子のような神々しさで、スマブラでの彼を知る僕はぞっとせざるを得ない。もしスマブラで王子があんな表情をしたならば、それはいかなる惨事の前触れか、あるいは天変地異の予兆なのだから。
僕が王子の笑みの前にフリーズしていると、遠くから一騎の騎馬が駆けてきて、素早く王子の横に止まった。全身を赤い鎧で包んだ、精悍なお兄さんが馬上から王子に一礼し、それから僕を見て片眉をぴくりと上げた。――どうやら王子の部下らしい。

「マルス様!馬を乗り捨てられてどこに行ったのかと…奴隷の子供ですか」
「どうやらそうみたいだ。カイン、悪いが衛生兵たちのところにこの子を連れて――」

王子が僕の背中を押してカインと呼ばれたお兄さんの方へと誘導する。僕は咄嗟に身を捩って王子のマントの裾にしがみついた。

「ちょっと君…」
「やだ!僕も王子と一緒に行く!」
「こら、子供。聞きわけのないことを――」
「足手まといにならないから!僕も戦うから…」
「だめだ!!」

突然怒鳴られて、僕は勿論カインまで驚いた様子で口を噤む。怒鳴ったのは、王子。彼は眉間に深い皺を刻んで僕を見下ろし、しかしそれを隠すように額に手を当てると、幾分穏やかな声音で続けた。

「…気持は嬉しいが、ここは戦場だ。子供を戦場に出す訳にはいかない」
「でも――」

先は後れをとったが、僕だって仮にも選ばれた戦士なのだ。決して足手まといにはならない自信がある。そうでなくとも僕のヒーリングの力があれば傷ついた人々を救えるだろう。現にカインも王子も生傷だらけで、今すぐにでもヒーリングをかけてやりたいくらいだった。
しかし、王子は有無を言わせず僕の襟首を掴むと馬上のカインの前に無理矢理押し上げてしまう。なんとか抵抗しようと手足をばたつかせてみるが、カインの力強い腕に抱え込まれてしまうともはや逃げ場はなかった。縋る思いで王子を見る。王子は困ったように笑った。

「あとで会いにいくから。少し待ってて」



カインに運ばれ、僕は本営と呼ばれた部隊のいる場所に下ろされた。カインは僕に「くれぐれも勝手な行動はとるなよ」と釘を刺し、再び走り去っていく。恐らく王子とともに前線に詰めるのであろう。僕は見知らぬ土地に今度こそ一人きりになって立ち尽くした。勿論本営というくらいだから人は大勢いる。だが見知らぬ人々の中でどうして安堵などできようか――

「ちょっと貴方!そんなところに突っ立ってたら邪魔よ!」
「へ」

金切り声で叫ばれて、僕は慌てて振り向く。声の主は僕と同い年くらいの女の子で、その手には何本のも杖の束が抱えられている。女の子は眉を吊り上げて言った。

「貴方、怪我してないんでしょう?だったら衛生兵の手伝いくらいしなさいよ」

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