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「リンク…って、うわ。どうしたんだその顔」

子リンの後を追っていたら、案の定その姿を見失って、屋敷をうろうろとしていたら頬を真っ赤に腫らした大人リンクに会った。リンクは逡巡するように斜め上を見て、それから気怠げに俺を見た。

「多分ロイのせいだと思いますよ」

「は?どういう…」

「未来の私に殴られました」

未来のリンク――つまり子リンのことか!
俺はリンクに対する同情や謝罪を即座に忘れて問うた。

「子リンの奴、どこに行った?すぐに会って謝りたいんだ」

が、リンクは俺の問いには答えず、剣呑に目を細めて俺を睨み据えた。

「やっぱり、ロイが私を苛めたんですか」

「う…その…」

「可哀想な私。大層傷付いた様子でした」

「だからごめんってば!いや、お前に謝ってもしょうがないか…」

「多分、あっちの私に謝っても意味はないと思いますよ。こう見えて私、ひねくれているので」

「……」

本人が言うのだから、説得力がありすぎて閉口してしまう。そんな俺を見て満足したか、リンクは少し表情を和らげ、顎に手を添えて考え込む風にした。

「口で言って納得する可愛げなどありません。訴えかけるなら、やはり」

「…行動で示せ、ってか?」

「ええ」

自分の前で微笑む青年は、しかしその実まだ十にも満たない子供である。多分、それも含めてリンクに完膚無きまでに叩き潰されたことが悔しかったんだな、と今更ながら己の行動原理を省みる。己の情け無さに涙が出そうになった。
ふと思い付いて、つぶやく。

「お前がそこまで子リンの肩を持つなんて、なんか珍しいな」

ああ、とリンクは笑う。小さい方の彼も、こんな風に笑えるのだろうかと少し心配になった。

「あれの機嫌が悪いと、八つ当たりされるのは私なんですよ。そう何度も殴られちゃ堪りませんからね」

***

屋敷住人に子リンの行方を尋ね歩いて、ロイがやってきたのは屋敷の近くに広がる森であった。そこにはやや開けた閑地があり、しばしば剣士たちの修練場として利用されていた。
子リンはそこで、抜き身の剣を構えてロイを待っていた。

「遅いじゃない」

ロイが空き地に続く小径に姿を現すなり、子リンが毒吐く。ロイは困惑した様子で立ち止まった。

「その…子リン、俺は――」

「ねえ」

口ごもるロイの言葉を遮り、子リンは手にした剣の切っ先をロイの心臓に突き付ける。ロイは目を見開いて口を引き結んだ。
そんな彼に、子リンは邪気のある顔で笑いかけた。

「手合わせしよう」

一瞬、ロイは戸惑うように視線を泳がせた。が、覚悟を決めたか腰に差した大剣を振り抜くと、乱闘でするように腰を落として子リンと対峙した。
子リンは今度は屈託なく笑った。

「怪我しても恨みっこ無しね」

ふわりと跳躍する子リンの身体に、ロイは即座に応戦の構えを取る。全体重をかけた子供勇者の攻撃を、ロイは敢えてかわさなかった。

*

「どうして喧嘩を助長するようなことを?」

白亜の屋敷の窓辺から閑地を見下ろし、激しく切り結ぶロイと子リンの姿を眺めながら問うのは、今まで事態の一切を傍観していた王子である。問われた方は、同じく窓縁から緑衣を纏った身を乗り出して、閑地の剣戟に眉根を寄せた。

「別に煽る気はなかったのですが」

「天然か」

即座の王子のツッコミには軽く肩を竦めるにとどめ、大人勇者は再び森の中の閑地を見下ろす。金属が擦れる音は辺り一体に響き渡り、一層激しさを増していく。
王子は壁にもたれてやれやれと溜め息を吐いた。

「…まぁ、僕らが心配することでもないか」

「ですね」

「こういうのも、たまにはいいだろう」

「はて」

「君も、子勇者君も、自己主張が弱すぎる。こんな機会にくらい、我が儘は通すべきだ」

「…心得ておきます」

*

「いぃやッ!」

自分の手には幾分余る大振りの剣を、ロイは慣性に任せて振り下ろす。炎を纏ったその刀身は、しかし素早く身を捩って飛びすさる子リンの服を掠めただけだった。微かに焦げた臭いが彼らの鼻腔を刺激した。

「…服が焦げた!」

着地と同時に剣を投げ捨て、転がる勢いで弓に矢をつがえる。魔力を込めた鏃には、赤く炎が燃え盛る。叫びながらその矢を放てば、同じく炎を纏う大剣がそれを薙ぎ払った。
が、それで追撃の好機を逃したロイは地団駄を踏み、子リンは余裕を持って投げ捨てた剣を回収する。しばし二人は睨み合い、一切の動きを停止した。

「大乱闘の時より強いじゃん」

子リンは不敵に笑いながらじりじりと前に出る。ロイは肩で息をしながら、苦笑して応えた。

「俺は常に進化する男なんだよ」

「…面白いね!」

機動力で勝る子リンに対し、大剣の力技で対抗するロイは実際かなり押されていた。それでもこの戦いに決着が着かないのは、ロイが戦いの中で徐々に調子を上げているからだ。
戦いが長引けば長引くほどロイの疲労は溜まるだろうが、同時に集中力も増すだろう。子リンは早急に決着を着ける為に、敢えて正面から斬り込んだ。
それを待っていたかのように、ロイも力強く刀身を振り抜く。

「てりゃあああ!」

「いぃぃやッ!」

激しく刀身がぶつかり合い、しかし渾身の力で振り抜かれた封印の剣の前に、子供が握るコキリの剣は敢え無く弾かれ、遥か彼方に突き刺さる。どさりと尻餅を付いた子リンの首筋に白い剣が添えられ、勝敗は決した。

「…勝った」

一言呟き、ロイは剣を投げ出してその場にへたり込む。ぜえぜえと危うげな呼吸を繰り返すロイを見、子リンはあははと笑った。

「良かったじゃん」

嫌味でも皮肉でもなくそう言祝ぐ子リンに、しかしロイはしゅんと縮こまって頭を下げた。

「…さっきは悪かった。無神経だったよ」

「いいよ。気にしてないし、散々暴れたからすっきりした」

未だ息が整わず、座り込んでいるロイに対し、子リンはけろりと立ち上がり、服の埃を払う。それからロイを振り返り、言った。

「また、暴れたくなったら相手してよ。楽しかった」

そうして剣を鞘に収めると、ロイを残してスタスタと帰っていく。ロイは無理にその姿を追わず、へなへなとその場に崩れた。

「…いつもあれぐらい素直なら可愛げがあるのに」



→あとがき

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