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大人の彼にはとてもじゃないが適わない。が、子供の彼相手なら、多少は勝機があるのでは――?
そんなことを一瞬でも思ってしまった自分を、その時ロイは激しく嫌悪していた。ここのところ乱闘では負け続きで、魔が差したとしか言いようがないほど愚かな考えであったと、今なら痛感出来る。実際かなり痛い。
「…僕はアイツの未来の姿だって知ってるでしょ?」
「…ソウデシタ」
「喧嘩なら、相手見てから売ってよね」
そう吐き捨てる少年は、苛立たしげに腕組みをする。ロイはただ縮こまってその場に正座していた。
ロイはここ一週間、乱闘では勝ち無しの絶不調で、傍目にも明らかなほど落ち込んでいた。それにとどめを刺したのが、何を隠そう青年リンクで、残機10のストック制乱闘にて、ロイはリンクの持ち機を1機も減らせることなく、完封負けを喫したのであった。
これはロイにとって非常な屈辱だったのだろう。事実、彼は正常な判断力を失うまでに追い詰められていたのだ。
リンクに大敗したロイは、たまたまその試合を観戦していた子リンに勝負を挑んだ。理由は前述の通り、しかしロイにとっては不幸なことに、子リンは超絶機嫌が悪かった。
「いいよ、相手してあげる」
思えば既にこの時、幼き勇者の眼はどこかイっちゃってるものがあった…とロイは今更のように己の無鉄砲さを悔いた。
「はぁぁぁぁッ!」
「ヒィィィ!!」
「どりゃああああ!」
「ごめんなさいィィィ」
再び圧倒的ロイの惨敗。こうして冒頭の会話に至る。
子リンは戦績発表の部屋で、正座して縮こまるロイを見下ろして言った。
「君たちにとっては大きい方の僕が“リンク”なのかもしれないけど、僕のことをあれの劣化コピーみたく考えるのはやめて欲しいね」
「ホント…すいません」
悄然とうなだれるロイ。子リンはそれを忌々しげに睨み付け、それからポツリと呟いた。
「…僕がリンクなのに……」
「…え?…」
はっとロイが顔を上げるも、既に子リンはロイに背を向け、部屋から飛び出していた。
それを見送る形となったロイは、今更のように己の失態に気付く。
「…ガキ相手に何やってんだ、俺」
子リンと対峙した時のあの鬼気迫る表情の意味を、ロイはようやく理解した。子リンは機嫌が悪いなど生温い表現では追い付かないほど、ロイの子リンに対する態度に腹を立てていたのだ。
ただでさえ子供であることをコンプレックスに思っているのに、絶えず大人の自分と比較され、挙げ句の果てに代用品のように扱われた。腹が立つのも当然だろう。
いや、腹が立つどころか、子リンのあの様子からして、彼は相当なショックを受けたに違いない。
唐突に、ロイは体中から血の気の引いていく錯覚を覚えた。
自分は、彼になんと惨い仕打ちをしたんだ。
「…俺の馬鹿!」
深く考えるより先に、ロイの体は走り去った少年勇者の後を追って、駆け出していた。
***
彼に悪気の無かったことは知っている。
彼の負けず嫌いな性格が災いして、乱闘の勝敗に向きになっていた。熱くなりすぎていただけだ。
――そう自分に言い聞かせつつ、しかし僕の歩みは速さを落とすことなく、当てもなく先を急いだ。
彼は僕の存在を否定した訳じゃない。
それは分かっている。分かっているのだけど。
「…嗚呼、自分が嫌いだ」
「何故?」
唐突に後ろから声を掛けられて、ぎょっとする。ばっと振り返ると、そこには今一番見たくない人物――過去の自分(大人リンク)が、のほほんと首を傾げて佇んでいた。
知らず、眉間に皺が寄る。次に発した言葉は、我ながら普段の数倍刺々しかった。
「お前には関係ない」
「機嫌が悪そうですね。何かありました?」
「関係ないって言ってるだろッ」
自分のことだからよく分かる。激昂したところで、アレが引くはずもない。寧ろ、僕の気分を逆撫でるようなことしか言わないだろう。その上あの頃の僕は妙に聡くて、他人の本音を吐かせることに長じていた。
――お節介な。
僕は無理に表情を繕い、深呼吸をして笑ってみせた。
「あんたに相談すれば、何か解決する訳?まあ、あんたが消えてくれるなら幾分気は晴れるんだけどね」
「…私が原因で機嫌が悪いんですか」
「……」
…墓穴掘った…。
呆れたようにため息を落とし、過去の自分は生意気にも僕に視線を合わせて膝を折った。
「気付いていないみたいだから言いますけど、酷い顔をしていますよ」
「同じ顔じゃないか」
「そうじゃなくて。今にも泣きそう」
「はぁ?」
過去の自分に対する苛立ちやら何やらが突き抜けてしまって、肩から力が抜ける。何を言ってるんだこいつは。馬鹿じゃないのか。僕が、今にも、泣きそう?
「馬ッ鹿じゃないの、僕が、何だって?」
「だから、泣きそう。そういえば、さっきロイと大乱闘してましたね。負けて拗ねてるんですか?」
「…負けてないし!圧勝だったよ!」
ロイの名前が出て、一瞬ぎくりとしてしまったけれど、すぐさま叫び返して反論する。が、その様は過去の自分の目に一層哀れに映ったらしく、それは眉尻を下げて言った。
「何があったか知りませんが、拗ねてちゃ誰も貴方を救えませんよ」
挙げ句、コドモのくせに僕を諭す。
嗚呼、何で。
「…どうして」
「え」
「どうして僕は…」
――どうして子供なんだろう。
非力で、愚かで、感情的になりやすい。過去の自分が愚かでなかった訳ではないが、少なくとも大人の僕には愚かである自覚がなく、しかも非力でなかった。今はその自覚があるだけに、己の行動全てが厭わしい。もどかしい。
そんな過去の自分は、僕の前でやはり首を傾げて、続きを促すようにこちらを見ている。無性に腹が立って、その横面をひっぱたいて、僕は走って逃げた。
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