3

人買いたちは、全部で六人の集団だった。山賊に荒らされて身寄りのなくなった子供や、街で見かけた美しい娘を浚ってきては、遠くの土地で奴隷として売り飛ばして小金を稼いでいた。この森を訪れたのも、森には子供たちだけの種族が暮らしているらしいと聞いたからで、親がいないなら好都合、労せずして金になる商品が手に入ると、それだけの気持ちで森に踏み入ったに過ぎない。森に伝わる言い伝えは勿論知っていたが、そんなものは古臭い迷信だと同業者に啖呵を切ってやってきた。
実際、森に入った彼らに天罰が下ることはなく、子供たちは世間知らずで大きな抵抗もなく捕まえることができた。森に逃げた一人に手こずっていたら夕暮れになってしまったが、とはいえそれも時間の問題かと思われた。

「な、な、なんだこれはぁ!」

仲間うちの一人が情けない悲鳴を上げて、人買いの首領は振り返る。子供を追って入った森は、入り組んでいて複雑で、彼らの選んだ道は行き止まりだった。その引き返す道中のことで、彼は面倒臭そうに部下を叱り付ける。

「情けねえ声出してんじゃねえ、さっさと行くぞ」
「お、お頭、見て下せぇ、腕が、腕が!」

部下が腕を突き出してくるので、彼はそれを覗き込む。そうしてぎょっとした。部下の腕は皮膚が干からびて骨だけになっており、そのくせしっかり指先まで蠢いている。

「な、なんだお前、何しやがった!?」
「なんもしてないっす!今、気が付いたら突然…!」
「お頭!お頭!」

今度はなんだ、と彼は別な声に振り返る。別れて森に入った仲間たち三人が、手酷く打ちのめされた様子でよたよたとこちらに走ってくるところだった。

「大変です、ガキを見つけたまでは良かったんですが、邪魔が入りやした」
「ここのガキ連中と似たような恰好をした男が襲い掛かってきて…」
「お頭!外から若い男が入ってきました!集落の方はそいつにやられて…」

と、今度はまた別の方向からもう一人の仲間がやってきて、彼は頭を抱える。なんてことはないヤマだったはずだ。苦労も金もかからないとばかり。それがどうか、部下は使えないし、想定外の邪魔は入るし。

「ええい、黙れ!逃げたガキはもういい、捕まえたガキども連れてとっととずらかるぞ!」
「じゃ、邪魔した若造はどうします?」
「そんなもん放っておけ!金にならねえもんには関わらねえっていつも言ってるだろが」

何か嫌な予感がする。そういう勘は大体当たるものだ。やっぱり森の祟りはあったのかもしれない。彼がそう思い始めた刹那、森の中から声がした。

「このまま無事に帰れるとお思いですか…」

仲間内の誰の声でもない。振り返ると青白い長剣を引き摺って歩く青年が木々の暗がりからこちらに向かって歩いてくるところだった。何人かが、「アイツが邪魔してきたやつです!」と叫んで身構えたので、そうかこいつのせいなのか、と彼は苛立ちに任せて部下たちに命じる。

「数に任せて畳んじまえ!」
「おおっ!」

わっと飛び掛かる部下たちは、しかしほぼ間を置かずに返り討ちに遭う。腕やら足やらを斬られ、痛みに呻く仲間たちが地面に転がされるのを見て、初めて彼は恐怖を覚える。ここにいたら殺される。それだけ目の前の人物が放つ怒気にも似た殺気はすさまじいものだったのだ。
一歩後ずさる彼を見て、青年は気だるげに腕を上げて、森の中を指さした。

「さっさと仲間を連れて行きなさい。ここは精霊の守る神聖な森。あなたたちのような下賤な者が入っていい土地じゃない」
「わ、分かった、出ていく、出ていくから、その物騒なものをしまってくれ」

足を斬られて動けない仲間を肩に担いで、彼はこれ以上青年の気を逆撫でないように媚びへつらいながらそう言った。そうして青年の指さす方向へと足早に向う。こんな薄気味悪い森、こっちから願い下げだという暴言を胸に秘めながら。
青年は、そのあとも度々彼らの前に姿を現し、指で差して彼らの進むべき道を示し続けた。入り組んだ森の中で案内役とはありがたい、と思ったのも束の間、部下の一人がふと気が付いた様子で呟いた。

「…ここ、さっきも通りませんでしたかね?」
「なに?」
「というか、さっきから同じところをぐるぐる回っているだけなような気が…」

馬鹿な!と彼は案内役を務める青年を振り返った。彼は依然として森の中の一方向を指さしていたが、ざわめく人買いたちを見ると小馬鹿にした様子でうっすら笑った。

「なんで私があんたたちを安全に森の外まで送り届けてやらなきゃいけないんですか」
「だ、騙したなぁ!」
「騙すだなんて人聞きの悪い。私の大切なものを傷付けてくれたお返しですよ」

青年は驚異的な身体能力で木の上に飛び上がると、ひらひらと手を振った。

「ここは森の奥。運が良ければソトに出られるでしょう。それまで、あなたたちがニンゲンでいられればの話ですが」

青年が言うのと同時に、彼の背後で部下の悲鳴が上がる。振り返ると、仲間たちの腕や足が次々と骨と皮ばかりの干乾びた姿へと変わっていた。思い出す。迷信だと笑って聞き流していた伝承の一つ。この森の中に入ると、人間はスタルフォスになってしまう……

「ま、待て、もうこの森には近寄らないと約束する、だから外まで…!」
「うぎゃっ!?」

今度はなんだ、と声の方向を見やると、仲間の一人の肩に細長い針のようなものが刺さっていた。青年の仕業ではない。では一体どこから、と森の中に目を凝らすと、暗闇に紛れて子供ほどの背丈の魔物が吹き矢を構えてこちらを睨んでいる。

「オトナ、キライ…オトナ、デテイケ!」
「す、スタルキッド…」

仲間の一人が呟く。同時にもう一つ吹き矢が飛んできて、今度は違う仲間の背中に刺さった。

「と、とにかく逃げろ!外に出るんだ!」
「どっちに逃げる!?」
「そんなこと知るか!」
「い、痛い、痛い!」
「置いてかないでくれ、足が、足が動かないんだ…!」
「おい、あんた、謝るから、お願いだから助け…」

恥じも外聞もかなぐり捨てて、そう懇願しようと彼が木の上を見上げると、しかしそこには既に青年の姿はない。元来た道を戻ろうにも、同じような景色ばかりの森では目印になるものもなく、スタルキッドの攻撃による混乱でもはや方向感覚などないに等しい。
ふと、仲間の一人が彼の顔を見て悲鳴を上げた。どうした、と声を出そうとすると、カラカラと顎が音を立てる。慌てて両手で自分の頬を撫でさすると、そこにはあるべき肌がなく、代わりに冷たい骸骨の輪郭がある。

「あ、ぉああ…」

咆哮にも似た悲鳴を上げる彼の声は、もはや魔物のそれと遜色ない悲痛さだった。

*
「でも、良かった。誰も森のソトに連れていかれてなくて」

森からの帰途にて、ナビィが朗らかにそう言った。それだけは救いだと同意したいリンクであるが、それよりも人買いの存在が与えたショックが大き過ぎて上手く笑えない。心配そうに近寄ってくるナビィの前で変な意地も張れないだろうと諦めたリンクは、ぽつぽつと胸中を語る。

「私は……俺は、悪というのはガノンドロフのことを言うのだと思っていた。魔物が悪で、人間は善なのだと。でも、そうじゃなかった。人間にも悪い奴はいる。当然だけれど、魔物との戦いばかりで、忘れていたよ」
「リンク…」

いい人も多いって知ってるよ、と彼は疲れた表情で笑う。しかし、どんなに気丈に振る舞っていてもリンクはいまだ子供なのだ。体ばかりが大きくなって、中身は歳相応に多感な少年である。そんな彼が背負うにはあまりに重い使命と責任に、ナビィもまた胸がつぶれる思いである。

「俺は、魔物が悪であるから、この剣で斬れると思っていた。でも、あの人買いたちを直接斬ることはできなかった。人の形をしているから、斬ることが恐ろしかった。でも、死んでしまえと思ったのは事実だ。だから、森に置き去りにしてきた」
「…ガノンドロフも、人間だヨ?」

恐る恐るナビィが告げると、しかしリンクは首を横に振って遥か遠くのハイラル城を見据えるように目を細めた。

「いや、あいつは魔王だ。もう人間じゃない」

そうと思わなければ剣を向けられないのではないか、とは言い出せないナビィはただ黙りこくるしかなかった。


[ 3/4 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -