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なんだったのだろう、と首を傾げるリンクの耳元に、ナビィがそっと寄り添う。

「ねぇ、リンク…言いにくいんだけど、もしかして今の人、悪い人だったんじゃないかな?」
「まぁ、いい人には見えなかったけど…」
「リンクは、人買いって知ってる?人間を浚ってきて、奴隷とかにして売っちゃうの」
「…あの人が、そうだって?」
「多分…」

知識としては知っていたつもりのリンクであるが、まさか目の前でそんな横行が繰り広げられるなど思っていなかったのだろう。酷くショックを受けた様子で数秒固まり、それから思い出したようにおびえる子供たちを振り返って尋ねた。

「森のソトに連れていかれた子はいるのか!?」

子供たちは顔を見合わせ、首を横に振った。

「オトナたちは、昼ぐらいにやってきて、オレたち全員を捕まえるまでソトには出ていかないつもりみたい…」
「広場に、馬車があるのを見た?あれに乗せて、ソトに行くんだって」

少女が指さす先を見て、リンクは広場に並べられた麻袋の奥に、一頭引きの馬車が停められているのを確認する。とにかく、子供たちを解放しなければ、人買いの男のことはそれから考えよう、と混乱する頭を整理して、リンクは転がる麻袋の下へと駆け寄った。

*
見知った顔が麻袋から出てくるので、リンクはほっとするやら胸が痛むやらで素直にその無事を喜べなかった。こんな恐ろしい目に彼らが遭う道理などあっていいはずがない。最後の麻袋を開けて子供を解放したところで、リンクは友人が一人足りないことに気が付く。自称コキリのボス、ミドがいない。子供たちに彼の所在を尋ねると、彼は多くのオトナを引きつけて森の奥へと逃げていったようだと教えてくれた。サリアほどでないにしろ、ミドは森に詳しい。上手くオトナたちを撒いてくれているといいが、とリンクはただ祈ることしかできずに唇を噛む。
馬車には少しの積み荷が載っていただけで無人であり、オトナたちはそこには潜んでいなかった。集落の中にもあの男以外はいなかったようだから、数人で現れたというオトナたちは全員森の中に入っていったのだろう。とりあえず、馬の手綱を千切って平原の方へと放す。馬車の車軸を壊して使えなくしてしまえば、子供たちをまとめて浚われる心配はないはずだ。
森に入る前に、と精霊デクの樹の下を訪ねると、彼はリンクの来訪を非常に喜び、コキリ族を助けてくれたことに礼を述べた。精霊であるデクの樹にできることは悪しきものを遠ざける結界を張ることだけで、人間の悪意からコキリの子供たちを守る力はない。オトナたちはデクの樹の存在にすら気付いていなかった様子でこれだけの蛮行に及んだらしかった。

「まだ、ミドが森の中で助けを待っていマス。リンク、どうかボクの子供たちを助けてくだサイ…」
「もちろんです、デクの樹サマ」

食い気味にそう答えて、リンクは速足に迷いの森へと歩を進めた。

*
通い慣れた迷いの森を、足跡を頼りに奥へと進む。いつもは姿を見せるスタルキッドも、森の不穏な空気を感じてか今日は笛の音さえ聞こえない。デクナッツでさえ隠れてしまって、森はいつも以上に静かだった。だからなのか、ミドの悲鳴と男たちの怒号はより鮮明に響いてリンクの耳に届いたし、それゆえリンクはいち早くミドのもとに辿り着けたとも言えよう。リンクが血相を変えて悲鳴の下へと駆け寄ると、そこにはうつ伏せに蹲るミドと、彼を囲んで拳や足を振り上げる男たちの姿があった。その数、三人。ミドの緑衣は泥にまみれてところどころ赤黒い染みが付いており、見える素肌には痛々しい青痣がそこかしこに浮かんでいる。悲鳴に次いでミドの啜り泣く声が聞こえて、その瞬間、リンクの中で何かが爆発したような怒りが込み上げる。あのミドが、意地っ張りで負けず嫌いなミドが泣くほど怖かったのだろう。こんな子供に、大のオトナ三人が。子供を守るのはオトナの使命ではないのか。オトナは、いつだって正しいのではないのか!
思わず剣の柄に手をかけて、しかしそれを抜く前にかろうじて踏みとどまって鞘ごと背中から外して構え、リンクはミドを取り囲む男たちをなぎ倒していった。なんだ、とか何者だ、とか説明を求める言葉を吐かれた気がしたが、何も答える気になれなかった。腕を折られて足を引き摺りながら逃げていく男たちはそのままに、リンクは倒れるミドの下へと駆け寄る。慌ててミドを助け起こすと、しかし彼はリンクの顔を認めてへへ、と笑った。

「ああ、兄ちゃん、また助けに来てくれたんだ…情けないとこ見せちまったな」
「そんなことない、森のみんなを守るために、よく戦ってくれた」

見ていなくても分かる。ミドは、森の中に入ればオトナたちは迷って出てこれなくなると思ったのだろう。だから、敢えて囮になるようなことをして、オトナたちの注意を引きつけて森の中へと逃げ込んだのだ。その行為はとても勇敢で、事実多くの仲間たちを救っただろう。

「みんなは…」
「無事だ、みんな助けた」
「さすが兄ちゃんだ」

そばかすだらけの顔で笑って、ミドは鼻の下を掻いた。とはいえ、安心してばかりもいられない。まだあの人買いたちは森の中にひそんでいるのだ。馬車を失い、移動手段を失ったとはいえ、一人でも誘拐して連れ帰ろうと思わないとも限らない。とにかく一人残らず森から追い出さねばならない。或いは、――

「ミド、オトナたちは何人いたか分かるか?」



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