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リンクが時の勇者として覚醒して早数週間が経過する。依然としてハイラル城を覆う黒雲は晴れないものの、それ以外の地域は着実に目覚めた賢者の庇護の元、束の間の平穏を取り戻しつつある。日差しは穏やかで、天候も荒れることなく、暮らす人々の表情も心なしか明るくなったように思う。それを眺めることが焦燥感に駆られがちなリンクの心を僅かなりとも慰める一因で、「リンクは頑張ってるヨ」というナビィの言葉が単に気休めではないことを確かめさせる根拠にもなっていた。
残す神殿はあと二つ。闇の神殿と魂の神殿のみである。これら二つについての情報を集めるために奔走するリンクだったが、依然有力な情報は得られない。今日も何も収穫が得られなかった、と肩を落としてとぼとぼと歩くリンクの横顔に疲労の色が濃いことに気付かないナビィではない。ナビィは努めて明るい声を出そうとリンクの耳元で言った。

「あんまり根詰めてちゃ、リンクの方がバテちゃうよ。今日はベッドでしっかり休もう」
「ベッドで…」

しかし、対するリンクの反応は渋い。時の勇者として目覚ましい活躍を見せるリンクであるが、当然魔王ガノンドロフとてその行動を根城からぼんやり見守っているだけではない。ハイラルには魔王が放ったリンクの命を狙う魔物たちがそこかしこに潜んでおり、勇者としての活動期間が長くなるにつれ、リンクの顔と名前も広く知られるところになり、宿場で落ち着いて部屋を取ることも今のリンクには難しいことになっていた。自分が命を狙われることに関しては既に慣れつつあるものの、そうした騒ぎが起こる度に関係のない宿屋や町の人に迷惑がかかるのがリンクには辛かった。
そんなリンクの杞憂など当然お見通しのナビィである。彼女は弾んだ声で言葉を続ける。

「町の宿は、襲撃があるかもしれないね。だから、コキリの森の、リンクの家に帰ろう!」

名案である、と言わんばかりのナビィの調子に、リンクもなるほど、と目を丸くする。コキリの森は、既に森の賢者サリアが目覚め、その庇護と森の結界により今ハイラルのどこよりも安全な場所になっていた。住人であるコキリ族たちもよく見知った顔ばかり。リンクの心も束の間休まろうというものだ。
そうだね、そうしよう、と珍しく生気を取り戻した表情でリンクは答え、二人は進路を森に変えて歩き始めた。

*
コキリの森は、いつだって静かだ。ましてリンクが訪れたのは日も暮れる黄昏時。これから日中の営みを終えようという時間に、子供たちの声さえ自然とささやかになるというもの。
しかし、その時はなにやら事情が違っていた。怒号と悲鳴が飛び交い、森にはない鉄の匂いが鼻を突く。慌ててリンクが森の入口まで駆けていくと、ちょうど集落の方向から走ってくる子供と鉢合わせた。子供は酷く怯えた様子で、どこかで転んだのか服を泥だらけにして、それでもリンクの顔を見るとほっとした様子でその腕に縋り付いた。

「ど、どうしたんだ、また魔物が…?」
「違うんだよ兄ちゃん、オトナが、オトナがやってきて」
「オトナ?」

魔物の襲撃ではないなら、そこまで急を要することではないのでは、との考えを見透かされたか、子供は必死になって食い下がった。

「ソトからオトナがやってきて、オレたちを森のソトへ連れて行こうとするんだ!オレたち、森のソトに出たら死んじゃうのに!」
「ええ!?な、なんでそんな…」

コキリの森は、他のハイラルの土地にとって全く未開の土地だ。閉ざされた空間であるといって差し支えない。それでも、この土地に根付く精霊の逸話は広く認知されていたし、森に入ると二度と帰ってくることができないという言い伝えさえハイラル人には子供の頃から教え込まれる伝承の一つだ。それを知った上で森に踏み入る人間の考えなどリンクには到底理解できないし、何故子供たちを森のソトへ連れ出すなどと考えるのだろう。
とはいえ、相手は魔物ではなく人間なのだ。何か誤解があるのなら、話せば分かってくれるだろう。そんな思いでリンクはオトナたちに会うため、子供を伴って森の奥へと足を踏み入れた。
リンクがコキリの集落に辿り着くと、そこは酷い有様だった。家屋は荒らされ、柵は引き倒され、小さな小川は踏み荒らされている。そうして集落の奥には不自然な形の麻袋が転がされて、その中から聞き慣れた子供たちの啜り泣きが聞こえていた。
ソトからやってきたというオトナたちは、何か親切な理由があって、あるいは誤解があって子供たちを森から連れ出そうとしているのだとばかり考えていたリンクだが、卑下た表情で逃げ惑う子供たちを追い回すオトナの姿を見て、彼は自身の認識間違いに気が付いた。こんな所業にリンクはソトの世界で見覚えがあった。これは、山賊のやることだ。

「何を…何をしているんですか、やめなさい!」

少女を壁際まで追い込んで捕まえようとしている男を見つけ、リンクは慌ててその背中に呼びかけた。リンクの声に男の動きは止まり、こんなところで子供以外の人間に会ったことにひどく驚いた様子で目を丸くした。しかし、次の瞬間にはねっとりとした笑みでもってゴマを擦るように手を撫でさする。

「おや、兄ちゃん、なんで止めるんだい。俺は可哀そうなこの子供たちを親元に返してやろうと思ってるだけでさ」
「彼らの親はデクの樹サマです、この森が彼らの故郷なんですよ」
「アァン?テメェ、ここの子供たちと同じこと言いやがって…」

男の表情が剣呑なものへと変わる。しかし、それも一瞬のことで次なる屁理屈を思い付いたのか、男はへらへらと笑いながら続ける。

「俺たちの商売は一種の人助けさ。親に恵まれない子供を、子に恵まれない親元に引き合わせる。ここの子供たちは親の愛を知らず、獣同然の生活を送ってる。それを都会に連れていってやろうってんだから、感謝してほしいくらいだね」
「何を…何を言っているんですか?コキリ族は森のソトに出たら死んでしまいます!それに、商売?何の話をしているんですか!」

噛み合わない会話にすこしずつリンクの苛立ちも募っていく。それは相手の男も同じようで、物分かりの悪いリンクに腹を立てた様子でその語調もやや荒くなっていく。

「テメェまでそんな迷信信じてやがるのか…。森に入ったら魔物になるとか、森から出たら死んじまうとか!そんなの迷信に決まってるだろ!だが、おかげでこんな狩場が残っていたんだ。馬鹿な先人たちには感謝もしないといけねぇが…あっ、こらガキ、逃げるんじゃない!」

リンクとの会話で完全に注意の逸れていた男の脇をすり抜けて、少女がリンクの後ろに[隠れると、男は両手を広げてリンクの方へと飛び掛かってくる。キャァ、と悲鳴を上げるナビィとは裏腹に、至極冷静に盾を構えたリンクは、そのまま盾で男を押し返して突き飛ばした。ぎゃふんと情けない悲鳴を上げて引っくり返った男は、よくもやってくれたな、と悪態を吐くと、そのままリンクには向って来ずによたよたと森の奥へと逃げていった。


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