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ネスがエレベーター横の階段を指さすと、少女は隠すでもなくげんなりとした表情を見せたが、かと言ってここで駄々をこねてもエレベーターは動かない。しぶしぶ彼女はネスに手を引かれ、ほんのり薄暗い階段を使うことになる。
非常階段の役割も兼ねる吹き抜けの階段は、しかし子供たち以外の利用者はなくしんと静まり返っていた。デパートの喧噪がどこか遠くに感じられて、自分たちの足音が一層反響してうるさく感じられた。まるで人数以上の足音が聞こえるようだ、と少女はうっすらと額に滲む汗を手の甲で拭う。
と、その時ネスの足が止まって少女もまた立ち止まった。どうしたの、との声を彼女は飲み込む。ベビィフェイスの少年の表情が、周囲を睨み付けるように顰められている。
ピカチュウの耳がピンと立ち、ポポとナナが身構えるように背中合わせになる。ムジュとカービィだけが表情を変えない中、階段のそれぞれ上階と下階から、数人の屈強な大人たちがやってくる。
買い物客の割には、彼らの表情はあまりに好戦的で、明らかな悪意を持って少女に近付いてきていることは明白だった。中には武器のように鉄パイプを構える男たちもいて、ムジュはふぅんと興味なさそうに溜息を吐いた。

「楽しいお買い物はここでおしまいだ。お嬢ちゃん、俺たちと一緒に来てもらおうか」

隠すでもなく、人攫いの台詞を吐く男を前に、子供たちの反応は淡泊であった。

「いやいや、頭数揃えたくらいで脅しになるなんて本気で思ってるの?」
「そんな要求、僕らが呑む義理、少しもないよね」

ネスに続いてポポまでが辛辣なのは、常から交渉の達人であるマルスやロイ、ゼルダとの口での応酬に興じているからだろう。思わぬ抵抗にも、しかし口の回る餓鬼だという印象しか抱かなかったらしい男たちは、ドスの利いた声で吠えた。

「クソガキがごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!怪我したくなかったらそのガキ差し出せって言ってんだ!」

階段中に響き渡る声量にピカチュウが顔を顰めるが、少女は縮み上がって背後の壁に張り付いた。確かに、これまでこういった暴漢に囲まれたことはある。しかし彼女の周りにはいつも護衛の大人がいたし、逃げ出すための車も近くにあった。それが今はどうだろう。狭い階段の中央で、恐ろしい大人たちに囲まれて、自分を守ると言っているのは同じくらいの年端も行かぬ子供たち。どんな勝算があってか、この子供たちはどんどん相手を挑発していくが、事態はますます悪化しているように思う。今からでは、泣いて謝ったとしても許してもらえはしないだろう。
そうこうしているうちに、鉄パイプを持った男がそれを振り上げて迫ってきた。殴られる!と少女は身を固くしたが、鉄パイプよりも更に硬質で鋭利な剣がその行く手を阻む。
ムジュがいつの間にか抜刀していた。

「それはこっちの台詞だなぁ。怪我したくなかったら、今の内に逃げ出した方がいいよ?おじさん」

子供とは思えない力で鍔迫り合いをねじ伏せ、ムジュの剣は鉄パイプを真っ二つにへし折る。何が起きたか分からず呆然とする男と、その背後でさすがにどよめくその仲間たち。怯むな、たかが子供だ、と誰かが叫ぶと思い出したように数に任せて男たちがとびかかってくるので、ムジュはやれやれと肩を竦めた。
そんなムジュの横を通り過ぎて迎え撃つのは、木槌を構えたポポとナナ。階下ではカービィとピカチュウが同じく構え、ネスは少女をその背に庇うように立つ。少女はその肩越しにただただ呆然と状況を見守った。
屈強な男たちが、遊ばれるように軽々と足を払われ、投げ飛ばされて、かわるがわる宙を舞う。ポポとナナは息の合ったコンビネーションで暴漢たちをお手玉しているし、カービィはコピー能力がなくとも素手での応酬で全く事足りている。ピカチュウの電撃は避雷針のように男たちの持つ鉄パイプに落下し、半数以上が危険な鉄パイプを放り出して逃げ出した。しかし、それでも数に任せて襲い掛かってくる男たちは、唯一後方で戦闘に参加せず少女の盾に徹している丸腰のネスを穴とみて、彼の下へと殺到する。しかし敢えてそれを止めない子供たちは、寧ろネスから離れて背を向けると顔を隠すように両腕で覆った。
何故助けに来てくれないの――と少女は壁に張り付く。少女の手を引いてくれる少年は。特別力があるようには見えなかったし、武器になりそうなものも持っていない。しかし、ネスは全く慌てる様子もなく、ただ一言少女に「目を閉じていて」とだけ囁いた。

「お友達に見捨てられたか――」

援護を期待できない少年を見下ろして、拳を振り上げた男は笑う。やはり子供、わが身可愛さに逃げ出すことを誰が責められようか――との思考は中断させられる。少年の手に武器はない。しかしその手に燦然と輝くこの光の正体は何なのか。それが超能力と呼ばれる人智を超えた力であることを、男に教えてくれる親切な人間はいなかった。

「PKフラッシュ――!」

ソプラノボイスが鋭く叫び、薄暗い非常階段はしばし眩い光に包まれた。

***

狭い階段で披露されたネスのPKフラッシュは、悪漢たちを一網打尽にしていた。幸いにしてその意図を汲んでいた彼の仲間たちがそれに巻き込まれることはなく、全員が無傷でデパートをあとにすることができたのである。
デパートの前で、少女の父親とボディガードたちが出迎えて、彼女の無事を確かめると安堵に胸を撫で下ろした。いかに人目につかない非常階段とはいえ、そこそこな騒ぎになっていたらしく、既に辺りは野次馬で騒がしくなっていた。これで任務はおしまいか、と少し離れた位置でその様子を眺めていたネスらを振り返り、少女はぱたぱたと駆け寄って気恥ずかしそうに俯いた。

「その…あなたたち、今日は助かったわ。頼りないだなんてとんでもない、みんなとっても優秀なボディガードだった」
「怪我がなくて何よりだよ」

にこりと笑って答えるネスに、相変わらず彼の足元を見つめながら顔を上げない少女の様子を見て、何かを察したらしいムジュがくすりと笑う。しかしそんな笑みも引っ込めて、ムジュはこほんとひとつ咳払いをするとどこか芝居がかった動きで恭しくお辞儀をしてみせた。

「さて、お嬢様。本日は雇われ遊撃隊スターフォックスへのご依頼ありがとうございました。是非今後ともご贔屓に」

意味ありげにウインクしてみせるムジュの声には顔を上げ、少女は表情を明るくして頷く。また会えるといいね、なんて少女の気も知らずに続けるネスに、ナナは冷めた視線を送る。
こうして、子供たちがフォックスから引き受けた「頼まれごと」は、大団円に終わった。

後日、その働きへの報酬として、依頼料以上のものをフォックスがたかられることになるのは、また別なお話である。


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