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固まる勇者を認め、王子と少年は暫し沈黙した。さすがに他人の感情の機微に敏感な二人である。現在の勇者の精神状態に気付かない訳がない。
一方全く事情を知らない男たちは、動きが止まったのをいいことに次々と武器を掲げて勇者に襲いかかる。王子と少年は敢えて勇者に加勢せず、一気に後退った。勇者の実力を信用して――ではない。

巻き添えを恐れた為だった。

「ネス君、走るぞ!」

「言われなくても!」

今にも勇者が襲われるという時に、とうとう王子と少年は勇者に背を向けて走り出した。全力での逃走である。一瞬呆気に取られた様子の男たちだったが、すぐさま勇者に視線を戻した。逃げる王子と少年よりも、無防備な勇者を血祭りに上げようというのだ。が、残念ながら勇者はまったく無防備ではなかった。
その両手に、いつの間に用意したのか、着火済みの爆弾を抱えた人間を、無防備とは決して呼べないだろう。

「ば…爆弾だと!?そんなもの街中で…っ」

狼狽した声で男が叫ぶ。が、勇者はそんな男の批判にもまったく動じず、怯んだ男たちの群に爆弾を全力投球!ちょうど爆弾が彼らの眼前に来たところで導火線が燃え尽き、黒光りする球体はオレンジ色の閃光と火炎を上げて爆発した。
続く第二撃は後方でぐずついている集団の真ん中に落とされ、綺麗に舗装されていたはずの通りには爆弾による二つのクレーターが穿たれる。
勇者の仲間たる王子と少年は、既にかなり離れた建物の物陰に隠れており、傍観を決め込んでいる。そんな二人の判断は正しかったようで、勇者はどす黒いオーラを放ちながら、ふらふらとまだ立ち尽くしている男たちの元へと爆弾を手に近付いてくる。ここでようやく、ヤクザたちは己が目に付けた相手が悪すぎたことを悟った。
突然、勇者がびしりと溢れたお米を指差した。ギクリと肩をすくめるヤクザ一行。勇者はますます眉間の皺を深くして、歯噛みしながら言った。

「貴方たち…今日の晩御飯が台無しじゃないですか!ゼルダが“ハンバーグには白いご飯が合いますわね”って言ってたからお米を買ってきたのに!!どう落とし前付けてくれる気だコラァ!!」

「今日の献立ってそんな理由で決まったの!?」

一番近くにいた男の胸ぐらを掴み、乱暴に揺さぶりながら勇者が怒鳴る。一方傍観を決め込む王子と少年の二人は、今発覚した驚愕の事実に目を剥いていた。
勇者はそのまま捕まえていた男に頭突きを喰らわせ、完全に及び腰となった残りのヤクザたちをぎらりと睨む。かと思えばにこりと笑って――しかし、それは笑顔と呼ぶにはあまりに歪なものだったが――手にした爆弾の導火線に火をつけた。

「うわわわわわぁぁあ逃げ…――」

どかーん
と、爆炎が上がり、後にはヤクザたちの死体(死んでないけど)が累々と並ぶ。その真ん中で唯一立っているのは、なんだか目がいっちゃってる勇者一人。

「テメェらミンチにして今日の晩御飯にしてやる!!」

右手に爆弾、左手にハンマーを抱える勇者のその暴言は、あながち冗談でもないらしい。もうこうなられてはさしものヤクザたちも彼を止める術はない。道路の隅に固まって、お互いに抱き合って震えるしかないのだ。それにじりじりとにじり寄る勇者。敵ながらそれを哀れに思ったらしい王子は、ようやく傍観の立場を捨てた。

「まぁ落ち着けリンク。生憎僕たちに食人の趣味はない」

「ってゆーかそんな人たちのお肉なんてこっちから願い下げだよ」

「こっちだって貴様らに食われるのなんざ願い下げだァ!…あ、ごめんなさいごめんなさい叩き潰さないでぇ!!」

圧倒的優位が滲み出る王子と少年の諫言は、哀れなヤクザたちの神経を逆撫でるに十分であった。が、しかしそれすらも勇者の握り締める銀製ハンマーに黙殺されてしまう。今この場を支配しているのは勇者なのだ。
それを呆れたように見やってから、王子がはぁと溜め息を吐いた。

「確かに、最初に非があったのはこちらだ。車を壊したこともリンクに代わって僕が謝ろう。しかしだね、結局こちらは怪我までさせられているし、今晩の晩御飯が半分パァになった」

王子は気だるそうにつらつらと喋る。撃たれた腕をぷらぷらと振って見せ、地面に散乱した米粒を示すと、ヤクザたちはバツが悪そうに目を反らした。米はともかく、一般人を撃ってしまったのはさすがにやり過ぎたと思っているらしい。まぁ、この三人組が真に一般人であったなら、やり過ぎどころの騒ぎでは無かっただろうが。死者が出てもおかしくない事態にも関わらず、これだけの被害で済んだことを驚くべきところである。
まだ怒りの収まらぬ勇者をなだめに行った王子の言葉をついで、少年は無邪気そうに微笑んだ。

「ま、おあいこってことで、今回の件は水に流そうよ」

「…そうだな、俺たちもやり過ぎたところがあるし…兄ちゃん、撃ったりして悪かった。ボウズ、怖い思いさせちまったな。それから…米、台無しにしてすまん」

「ほら、リンク。彼らも謝っていることだし」

まだ納得のいかない様子で眉をひそめる勇者の肩を、王子が軽く叩いて促す。と、勇者はようやく脱力して、構えていたハンマーを下ろした。

「いえ…私の方こそ、貴方がたの大事な車を壊してしまって…すいません」

「いや…分かってくれりゃ…な?」

しおらしく謝る勇者の様子に、ようやくヤクザたちの表情も緩む。うんうんと頷く彼らの様に、王子は満足げに相好を崩した。

「じゃ、この件はこれでおしまいだ。さぁリンク、ネス君、米はひとまず諦めて、屋敷へ帰ろう。米がないならパンを食べればいいじゃないか」

「なんだか何処かの王女を思い出すセリフだね…」

少年の気の抜けたツッコミも黙殺し、王子は些か急かすように仲間たちを帰途に着かせる。それを穏やかな心持で見送るヤクザたちは、しかしその数瞬後に王子の行動の真意を悟るのであった。
突如、静かな大通りにファンファンとパトカーのサイレンが響き渡る。何事かとぎょっとしてヤクザたちが振り返れば、何台ものパトカーが列挙して、勇者が穿ったクレーターの向こう側で、睨みを利かせているではないか。

『お前たちだな!市街で爆弾やら剣やら銃やらを振り回し、この大通りをこんなに滅茶苦茶にしたのは!!』

先頭のパトカーに乗った警官が、拡声器を使ってそんなことを叫んだ。え、ちょっと待ってとヤクザたちは瞠目する。確かにヤクザたちはこの大通りで暴れてはいたし、銃も振り回していたが、この破壊の痕跡の数々は九割九分九厘勇者の為したものである。
ここでようやく、ヤクザたちは気付いた。王子が帰途を急いでいたのは、こうなることを予期した為で――つまり、責任逃れ。

「ま、待ちやがれテメェらァ!!ハメやがったなッ」

既に遥か先を行く三人組に、ヤクザたちは一斉に怒鳴る。それを合図に警官たちもクレーターを乗り越えて迫ってくるので、自然ヤクザたちは三人組を追いつつ、警察に負われるという不思議な役割を担うことになる。

「ハメただなんて人聞きの悪い」

そんなヤクザたちの声に気付いたか、王子の楽しげな声がそう反論した。と、三人組は遥か前方で一瞬足を止め、遠目にも分かるほどににこやかな表情を浮かべて振り返る。そして三人息を揃えて、高らかにこう宣うのだった。

「「「連帯責任、ということで」」」



→あとがき

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