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「頼む!!」

そう言って目の前で両手を合わせて頭を下げる親切な友人のつむじを見下ろすネスとムジュは顔を見合わせる。頭を下げているのはフォックス。彼の背後でそのふわふわの尻尾が申し訳なさそうに揺れる。

「受けた依頼がバッティングしちまって…でも、どっちも日にちをずらせない仕事なんだ」
「それで、片方を僕たちに行って欲しいって?」

物分かりのいい少年たちは、悪戯っぽく笑んでフォックスを見返した。どうしようかなぁ、なんて声を潜めるでもなく囁く二人の様子は完全にフォックスの足元を見ている。もう少し他に頼むあてがあれば良かったのだが、悲しむべきことに小悪魔の如き子供たちよりマシな相手は他にいなかったのである。

「本当はピーチあたりに頼めれば良かったんだが…他の仕事で出払ってるって言うし、そうなるとあとは子供のお前たちしか頼める相手がいないんだ、頼むよ」
「子供じゃないとダメな依頼なの?」

はて、と笑みを引っ込めて、フォックスの話に食い付いてきたのはネスである。フォックスは交渉の余地ありと見て表情を明るくしたが、その首根を青い翼が掴む。フォックスの帰りが遅いのを見かねたファルコが彼を迎えにきたのだった。

「フォックス!てめぇいつまで油売ってやがるんだ」
「いや、バッティングした依頼をこの二人に代わってもらおうとしててだな…大体、ファルコが日程を確認せず安請け合いするからこんなことに」
「…とにかく、もう出発の時間だ。これ以上は待てん、そっちの依頼の詳細はメモでも渡しとけ」
「ちょっと、僕たちまだ受けるなんて言ってないけど」

一瞬、ファルコはバツが悪そうに言葉に詰まったが、それでも本当に時間が押していたのだろう、喋りながらフォックスを引き摺りどんどん歩いていってしまう。フォックスは引きずられながら懐からメモを取り出し、勝手に話をまとめられて面白くないネスの方へと投げて寄越した。

「詳しいことは、そこに書いてある。急な話で悪いが、頼まれてくれ。俺からも報酬は弾むから!」

そうこうしている間に、フォックスの姿は廊下の角を曲がって見えなくなっている。どうする?とムジュが問い掛けてくる。その実、二人はフォックスを困らせるつもりはなかったし、彼らが現在手持無沙汰なのも事実だ。

「まぁ、受けてあげてもいいんじゃない?報酬も弾んでくれるそうだし」
「そうだね。まぁ、いいものがもらえるなら、みんなも誘ってたくさん奢らせてやろうか」

にひひ、と笑うムジュに、ネスもまた笑みを零す。借金苦である狐の友人に、全力でたかる提案には恐れ入る。
さて、と二人の関心はようやく手渡された小さなメモへと移る。フォックスが言うには子供である方が都合のいい依頼だそうだが。どんな依頼だろうか、とネスとムジュはメモを開いてその中を覗き込んだ。

「……」
「……」

白い何の変哲もないメモ用紙には、ミミズの這ったような黒い痕が数列に渡って連なっていた。恐らくフォックス自身が書き残したメモであろう。しかし、それを解読するには至らない。言語自体は共通なはずだが、フォックスの字の下手さの前では共通言語も未知の暗号へと早変わりである。

「フォックス!!このメモ読めないよ…!」

慌てて走り出したムジュが声を張り上げるのも虚しく、窓の外をアーウィンが空に向って駆け抜けていった。

***

「“ラネール大通り”までは読めたんだけどね」

小さなメモを90度傾けながら、ポポが呟く。その手からメモを取り上げ、同じく首を傾げてその文字を解読しようと目を細めるナナが「正午…嬢…ラネール大通り…水?」とこれまで解読できた単語を羅列する。ネス、ムジュに加えポポ、ナナ、カービィ、そしてピカチュウとメンバーを増やした子供たちだったが、メモの全容解明には至っていない。しかし、なんとなくその意図は取れている。“ラネール大通り”でお“嬢”様らしいクライアントと“正午”に“水”のあるところで待ち合わせだろう。先頭を歩くカービィが声を上げ、一行は彼の視線の先を追う。果たして、そこには中央に噴水を構えた小さな広場があった。

「噴水だよー!きっと、ここでお嬢様と待ち合わせなんだね!」
「待ち合わせ?」

カービィの声に反応して、噴水の裏から少女が顔を出す。お嬢様を絵に描いたような高価そうなワンピースに身を包み、靴はピカピカに磨き上げられた革製で飾りのパールが輝いている。背中まで掛かるプラチナブロンドの髪をふわりと揺らし、彼女は一行を見て首を傾げた。

「もしかして、アナタたちが今日私を守ってくれる“スターフォックス”の人?」

スターフォックスとは、フォックスとファルコの所属する雇われ遊撃隊の名前である。つまり、彼女が目的のクライアントであるのだ。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、少女は胡散臭そうにカービィ以下お世辞にも頼りがいのあるとは言えない子供たちの集団を見て眉を顰めた。

「確かに、パパは大人の男はカワイイ私を襲うかもしれないからダメだって言ったわ。でも、だからって子供の用心棒なんて、なんだか頼りない…」
「た、頼りないかな…」

無遠慮な視線に晒されて、ポポが困ったように頭を掻く。それがますます不信感を煽ったのか、彼女は噴水の影に隠れていた黒スーツの男二人を呼び寄せて言った。

「ねぇ、今すぐ代わりの護衛を探してちょうだい。これじゃあとんだ詐欺だわ」
「ま、ま、待ってよ!」

慌ててピカチュウが声を張り上げる。ここで少女の信頼を得られなければ、ただ任務を失敗するだけではない。この依頼を受けたフォックスの信用が下がってしまう。詐欺だとまで言われているから、今後何を言いふらされるか分かったものではない。ピカチュウは少女の足元に進み出て懸命に短い手を振った。

「僕たち、こう見えて実はすっごく強いんだよ。君一人守るくらい、朝飯前かな!ねぇみんな!」
「そ、そうそう」

ピカチュウに話を振られて、ぎこちなく愛想笑いを浮かべた子供たちは大仰に頷く。少女は相変わらず怪訝な表情を崩さなかったが、どこぞに電話をかけようとしていた黒スーツの男に「やっぱり、代わりの護衛はいいわ」と告げた。

「今から新しい護衛を探していたら、今日のお買い物が終わらないもの。しょうがないから、アナタたちで我慢してあげる」

そうして、高圧的な態度でそう告げると、少女は行先も告げずに勝手に歩き出した。

***

この鼻持ちならない態度の少女は、とある有名な商社の社長令嬢だった。それ故、誘拐などの危険に晒されることが多く、警護を付けないことには外も出歩けないとのことらしいが、今回はボディーガードの黒スーツの男たちが一緒ではどうしてもいやだと駄々を捏ねて、フォックスの元へ依頼の話が舞い込んできたらしい。

「ねぇ、お嬢様、これからどこ行くの?」
「……」
「買い物するのよね、何を買うのかしら」
「……」
「あー、お嬢さまお嬢さま、あっちに美味しそうなケーキ屋さんがあるよ、一緒に行こうよ!」
「あ〜〜、もう!アナタたち、護衛でしょ!?黙って付いてきなさいよ!」

最初こそ遠慮がちに少女の後ろを黙って付いてきていた護衛の子供たちだったが、半刻も経たないうちにその緊張は解け、まるで友人の買い物に付いてきたかのような応対になっている。これだから子供はいやだったのよ――と己とさして年の変わらぬ子供たちを睨みつけて少女は地団太を踏んだ。

「邪魔するならパパに言い付けるわよ!私は――」
「ちょっと待って」

しかし、少女の剣幕にも全く怯んでいないムジュは、彼女の怒りを全く無視してその手の鞄を取り上げた。何するの、泥棒、と金切り声を上げる少女には目もくれず、ムジュが鞄から小さなクリップのようなものを取り外した。

「お嬢様、これ何?さっきから変な音がしてうるさいんだけど」
「は…え?し、知らないわ、そんなの…」
「何かの機械みたいだけど」

ムジュはクリップを耳元に当てて音を聞くようにしてみせる。勿論、少女にもネスたちにも何の音も聞こえはしなかったが、ピカチュウだけは唯一頷いた。

「ホントだ、小さいけど機械の音がする」
「盗聴器じゃない?」

ポポの何気ない指摘に、一行の視線は彼に集まる。突然に注目を浴びて狼狽えた様子のポポは、「前にテレビで似たようなものを見たんだ」と蚊の鳴くような声で囁く。お手柄ね、とナナに肩を叩かれるポポを後目に、驚き以上に怯えの色を見せる少女に気が付いたネスは彼女の顔を横から覗き込んでへらりと笑った。

「大丈夫だよ、僕たちのそばにいれば」
「…どうかしらね」

言葉は相変わらずつれない少女だが、ネスが手を差し出すと彼女はおずおずとそれを握り返した。
果たして、ネスの言葉の通り、小さな護衛を従えた少女の買い物は至極順調に進んで行った。そもそも人目の多い場所を選んでポポとナナが先導してくれたおかげか、ピカチュウとカービィが少女の周りをうろちょろしながら近付く人物を遠ざけてくれたおかげか、彼女に害なそうと近寄ってくるものはいなかったのである。少女の隣にはネスが並び、少し離れた後方からムジュが静かに付いてくる。大乱闘での彼らを知る者なら、この鉄壁の護衛を正面から突破しようだなどとは考えまい。
少女はデパート内の色んなブティックを覗いて回り、最終的に紳士用のネクタイを二つ購入し、それをプレゼント用に包んでもらうと大事そうに鞄の中へとしまった。カービィとピカチュウが順にプレゼント用の包装を覗き込んで嬉しそうに笑う。

「そっかぁ。ボディガードのお兄さんたちへのプレゼントだったんだね?」
「お誕生日?じゃあケーキもいるかな?」
「か、勝手に見ないでちょうだい!」

顔を紅くして鞄を抱きしめる少女に、えーいいじゃない、と身体を傾げるカービィである。そんなカービィを諫めながら、ナナが「それじゃあ、帰ろうか」と提案する。少女は頷き、デパートの1階へと向かうエレベーターへと足を向けた。
しかし、彼らはエレベーターの前で立ち往生することになる。鉄の扉の前には「点検中」と書かれた看板が無慈悲に提げられていたからだ。今彼らがいるのは地上5階。無論、飛び降りる訳にはいかない。

「仕方ない、階段で降りるしかないね」


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