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「踏み込みが甘い!」

普段の尊大な口調から一転、鋭く徹る声で一喝し、美貌の王子は剣を振る。そんな忠告に反応する暇もなく、真正面から向かってきていた赤毛の公子は振り抜かれた王子の剣に直撃してひっくり返った。

「ぎゃあ」
「ロイ、がんばれー」

そんな二人の立ち合いに、気の抜けた声でリンクが野次を飛ばす。と、王子の標的は即座にリンクへと切り替わる。げ、と眉をしかめて彼は剣と盾を構え直した
マルスは普段の軽口もなく、冷めた目でリンクを見据える。鬼のようだ、とらしくもなく友人をそう酷評するリンクの心中を知ってか知らずか、いつの間にか距離を詰めてきていたマルスの神剣が横薙ぎに振り払われた。リンクは冷静に盾を構えてその攻撃を受け止める。ぎゃり、と金属の擦れる嫌な音が神の声を聞くというハイリア人のリンクの耳に纏わり付くように残る。
力比べなら負けない、とリンクは強引にマルスの剣を盾で弾き返した。呆気なく目的は達せられて、その軽さにリンクが驚く間もなく王子のよろけたと思われた足は確かな意思をもって地面を踏みしめる。読まれていた、行動を誘導されたのだ、と舌打ちするより早く、マルスの剣が再びリンクを襲った。

「遅い」

倒れ伏すロイとリンクを見下ろし、マルスは吼えた。

「遅い遅い遅い!そんなことで生き残れると思っているのか!僕一人も殺せないで、今までよく生き延びてこられたな」
「だ、だってマルスは対人戦闘で一番強いじゃないですかぁ」

半べそでそう反論するのはリンクで、伏したままに手足をばたつかせて言った。駄々をこねる子供のようだ、と他人事のように思っていたロイだが、それでも厳しいマルスの目はこちらにも向いているのだ。言い訳をしたところで許してはもらえまい、と正座して項垂れる。

「まだまだ精進が足りないみたいだ」
「そうだよ、死んでしまったらそこでおしまいなんだから」

常になく険しい表情のマルスだったが、そこで己の眉間に深く皺が寄っていることに気が付いたのか、凝りをほぐすように額に手を当てた。

「…まぁ、ここは戦場じゃないんだし、そこまで死にもの狂いにならなくたっていいんだけれど。それに、僕の手の届く範囲にいてくれれば、守ってあげられるし」
「そ、それじゃあ嫌だ」

が、ここでロイが食い付く。ロイは腰を浮かし、拳を握り締めながら声を張り上げる。

「いつまでもマルスのお荷物に甘んじていたくはない!肩を並べるだけじゃない、いつかお前を守れるくらい俺は強くなりたい」
「え、えぇ…?」

突然の熱弁に、マルスは困ったように眉をハの字に下げる。それに気付かないロイは、依然熱の籠った調子でマルスの手を取り、続けた。

「剣だけじゃない、指揮官としても、為政者としても、もっともっと研鑽を積んで、そうして…」
「ロイ、ロイ、マルスが引いてますよ」

にこやかに笑みながらも、リンクは巨大な石柱を持ち上げる腕力でロイをマルスから引き剥がす。腕を掴まれたロイはリンクに腕を捻り上げられて悲鳴を上げるが、それには構わずリンクが今度はマルスに向き直る。

「でも、マルスのこと守りたいと思ってるのは、ロイだけじゃないですよ」

はんなりと目を細めて、絡み付くようにマルスの手を握るリンクは、いっそ無邪気に首を傾げた。

「私だって、マルスの背中を預かりたいって思ってます。いや、それだけじゃない。貴方に襲い掛かる苦難を薙ぎ払う剣に私がなれればいいのに。貴方が剣を抜かずとも済むように」
「…へぇ、二人とも、そんな風に思ってくれていたんだ」

マルスはリンクの手を握り返しながら、気恥ずかしげに微笑む。そうなんです、と流れる動作でマルスの肩を抱こうとしたリンクだったが、次の瞬間彼の身体は宙を舞っていた。あっけなく、マルスに背負い投げられていた。
ぎゃあ、と悲鳴を上げて背中から落下するリンクの腹の上に座り、マルスは頬杖を付く。唖然とその様子を見守るロイは、ただただ生態系の頂点に君臨する英雄王の前で彼の言葉に聞き入る他なかった。

「いや…いやいやいや、僕を守るだって?寝言は寝て言いたまえ。二人がかりで僕から一本も取れない君たちが、僕なんかを気にかけて戦場に立つべきではない。君たちは自分の心配さえしていればいいんだ。誰より優れて、剣の腕も立ち、頭も切れる僕が、君たちの心配をするならいざ知らず」
「で、でも俺たちは仲間で…」
「そう、仲間だとも。一人も欠けてはならない僕の大事な友人たち」

ともすれば、傲岸不遜で慢心に満ちたマルスの言葉は、しかしロイとリンクの心を逆撫ではしなかった。彼の自信は自らの実績とその能力を的確に、客観的に判断したうえでの自信に他ならず、要するに英雄王は誰かが己の盾となって傷付くことを望んではいないのだ。そうならないために剣技を磨き、鍛錬を重ねてきたのだから。
ロイは唇を噛む。まだ足りない。彼の隣に立つにはさまざまなものが足りていない。それを手に入れるためには、皮肉にもこうしてマルスに師事を仰ぐことが最も近道となるのだ。
一方のリンクはいまだ納得していないようで、口をへの字に曲げて拗ねているようだった。全く手の掛かる弟弟子だ、とロイは勝手に思う。力や勘はリンクの方が優れているのに、こういう時に彼は実年齢通りの聞き分けの悪さを見せる。――否、マルスが相手だからそうしているのかもしれない。我儘をたしなめられつつも、最終的にマルスは、リンクを甘やかしてしまうことを彼は知っている。
さぁて、とマルスが立ち上がる。さして汚れてもいない服の埃を払い落し、彼は剣を鞘に納めた。

「今日の稽古はこれくらいで十分だろう。僕は帰るけれど、君たちはどうする?」

ロイとリンクは顔を見合わせる。ここまでマルス相手にこてんぱんにのされて、二人は全く消化不良である。

「俺たちはもう少し残るぜ」
「ええ。負けっぱなしで終わってしまっては明日の寝覚めが悪いので」

そうして今度は、ロイとリンクが剣を交える。二人は同じくマルスに師事する仲であるが、同時に誰より多く共闘し、手の内を知り尽くしたライバルでもある。
彼より先へ、彼より遠く、とロイとリンクは切磋琢磨する一方で、二人が目指すのはマルスの背中、そしてその隣なのだ。
熱心な弟子たちを慈しむように見つめたのち、マルスは満足げに頷いて「日が暮れる前には帰っておいでね」と言い置き、二人の邪魔をしないようにその場をあとにするのだった。


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