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「テメコラ子供だからって調子こいてんじゃねぇぞ」

「あの車はなぁ、オジキのお気に入りなんじゃ!死んでお詫びしろォ!」

「指の一本や二本じゃ済まされへんぞ!」

恐らく一般人が聞いたら縮み上がるに違いない脅し文句が一斉に王子と勇者と少年を襲う。
――が、実際死線を何度も越えかけたことのある英雄たちには、この程度の脅しは効かなかったりする。

「はぁ?こっちは謝ってるのにそりゃないんじゃないの!?子供だからって馬鹿にしないでくれる」

「そうだぞ、此方に非があるとは言え、ごめんなさいぐらい素直に受け取るのが礼儀じゃないのか」

「いい大人がおとなげないですよ」

挙句、逆ギレしたりもする。
少年たちが口々にそう言うのを聞き、ついに男たちの堪忍袋の緒が切れた。

「反省する気もねぇのかテメェらァァァ!」

「もういい、やっちまえ!」

わっ、と中央の三人に武器を持ったヤクザの集団が突撃する。
絶体絶命、大ピンチ――かと思われたが、幸か不幸か(ヤクザたちにとっては確実に後者である)この三人は“普通”ではない。
大陸を救った唯我独尊王子とか、王国を救った二重人格勇者とか、地球を救った腹黒超能力少年とか、とにかく“普通”からかけ離れた集団なのだ。

「やられる前に殺れ!」

王子の道徳心の欠片もない掛け声を合図に、少年の高く掲げた指先から明るいオレンジの光が溢れた。それが少年の「PKファイヤー!」という鋭い一喝と共に前方へ放たれ、迫り来るヤクザたちの行く手に着弾する。刹那、その場で火柱が上がった。ブレーキが効かずに火柱に突っ込んだ者もいれば、少年の未知の力に恐れをなして腰を抜かす者もいる。
が、圧倒的に数で勝るヤクザたちは、火柱を避けて丸腰な勇者と王子に狙いを変えた。王子は手ぶらだし、勇者に至っては10kgの米袋を抱えている。
勇者は雄叫びを上げながら突進してくる男たちを後目に、王子を振り返った。

「荷物持ち、変わってくれません?」

「断る」

「少しぐらい考えてくれても…」

「僕は王族だぞ、荷物持ちなどする訳がなかろう」

「っていうか米持って戦う意味があるの!?おけばいいでしょ!」

無意味過ぎることで揉め始めた王子と勇者に、鋭く少年の喝が飛ぶ。あ、と声を上げて王子と勇者は手を叩いた。

「その手がありましたか」

「盲点だった」

ちょうどその時、大勢のヤクザたちが王子と勇者に襲いかかる。しかし勇者はあくまで悠長に地面に米の袋を下ろした。
わっと王子たちをヤクザたちが取り囲んだ。がきん、と凄まじい音がして、その後一切の静寂が訪れる。
一瞬の間を置き、王子と勇者に殺到したヤクザたちが同時にどさりと前のめりに倒れた。全員が泡を吹いたりして気を失っている。その中から、無傷で立っている王子と勇者が背中合わせに姿を現した。二人の手には、それぞれ抜き身の剣があった。

「僕たちを相手にしようなんて百年早いよ」

倒れるヤクザを恐らく恣意的に踏み付け、王子がそう宣う。勇者は恐らく無意識のうちに王子のあとを追い、同じく倒れたヤクザを踏み付けていた。
そこへ一段落着いた少年が、肩にバットを担いでやって来る。バットの先には血痕のようなものが付着している気もするが、多分気のせいだ。

「く…っ!こいつら強ぇ…!!」

ヤクザのうちの一人が堪らずに叫ぶ。それを聞いて三人組はにやりと口元を歪めて笑った。

「今更気付いた?」

「君たちも馬鹿じゃないという訳だ」

「今日の晩御飯はハンバーグです」

若干一名セリフに関連性が全くないが、とにかくこの時彼らは余裕だったのだ。圧倒的な力の差を自覚し、自らが優位であると信じて疑わなかったのだ。それが油断を生む結果に繋がるとも知らずに――

「ち、ちくしょー!!これでも食らいやがれッ」

ヤクザの内の一人が半ばやけくそになって、三人組に向けて銃を発砲した。当然、鉛の弾より速く飛来するレーザー銃を相手にしている彼らにとって、この攻撃は全くの無意味だ。三人は素早く身をかわし、応戦の構えを取ろうとした。
が。

「――!上だ!!」

唐突に王子が叫ぶ。同時に彼は目の前にいた少年を突き飛ばしていた。ぎゃん、と短く鳴いて少年は地面に潰れる。
それが正解だったようだ。
つい先程まで少年の頭があった場所を、道路に面したビルの屋上から撃たれたライフルの弾が通過し、倒れた少年の足元にあった米の袋を穿ったのだ。――ヤクザの仲間の一人が、奇襲をかける為に潜んでいたようである。
一方地上で放たれた銃弾にまで王子の気は回らず、本来なら避けて当然の弾丸に、王子は見事被弾する羽目になった。とは言っても神速の剣技を誇る王子。土壇場で体勢を変えて急所は外している。
バランスを崩して王子が少年の横に並ぶ形で倒れる。米袋に開いた穴からザーザーと米粒が雪崩れ落ちた。

「いったいな何すんだ馬鹿王子…って、王子腕から血が出てる!」

自分の横に倒れ込んできた王子に即座に悪態を吐く少年だったが、それも言葉半ばに消失して彼は顔を真っ青にした。飛び起きた少年が慌てて王子に駆け寄るが、王子は短く舌打ちし、傷口を押さえながら起き上がる。被弾したのは幸いにして利腕ではない方だったので、行動に大きな支障は出ていないようだった。
しかし、少年にとってそんなことは気休めにもならない。彼はおどおどと王子の顔と怪我を見比べている。

「大袈裟だな、君は。これくらいどうってことない」

そんな少年の挙動を見咎めてか、言いながら王子は不敵な笑みを浮かべる。過酷な戦場を駆け抜けた王子のことだ。その言葉に嘘や見栄はないだろう。が、少年は王子の腕から滴る鮮血に完全に言葉を失っていた。自分をかばって王子が怪我をしたことにショックを受けていたのだ。

そしてもう一人、現在の状況にショックを受けている人間がいた。
勇者だ。
勇者の視線は、血の気の引いた顔をしている少年でもなく、怪我をしている王子でもなく、袋から次々と溢れていく米粒に注がれていた。

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