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掲示板に貼られたクエストのメモを見て、ううんとリンクは唸る。黄昏の勇者と呼ばれる彼の癖の強いくすんだ金髪は好き勝手な方向に跳ね、彫りの深い顔には深刻そうな表情が浮かぶ。それもそのはず、クエスト内容は無理難題と言っていい。が、そのクエスト報酬にはそそられるものがある。

「極上のチーズ」

リンクは口の中で独り言ちる。趣味の家庭菜園で育てたトアルカボチャはじきに収穫を迎え、美味しい山羊ミルクも手に入っている。それに合うチーズがあればさぞ美味しいシチューが作れるだろう。たかがそんなもののために、とは言うなかれ。現物支給に抵抗のない文明に生まれた彼にはとても重要な報酬なのだ。
しかし、リンクが表情を曇らせる原因はスエスト内容の難易度にない。無論、彼一人でことが済むと思うほど彼は自身の腕前に自惚れていない。故に同行者は絶対に必要だ。が、現在大型クエストの消化のために、彼の親しい友人は皆出払っている。ならば、とリンクが足を向けたのは、彼の宿敵が住まう部屋だった。

「…儂が貴様の手助けなどすると思うたか」

勇者リンクの宿敵ガノンドロフは、戸口で嗤笑した。彼らは仇敵。お互いの存在を認めず、殺し合うことでしか分かり合えない――かといえばそうでもない。

「そう言わずにさぁ。シチューできたらあげるし」
「それで儂が釣れると思っているなら、歯を食いしばれ、舌を噛むぞ」
「俺の作るシチューは村でも評判なんだけど」
「よし、避けるなよ」

そもそも、戸口に出た時点で魔王も断るつもりなどなかったのでは、との野暮な指摘はリンクの口からはかろうじて漏れなかった。瞬間、ガノンドロフの拳がリンクの背後の壁をぶち抜くが、リンクは表情一つ変えずにそれをかわして「好きな具入れてもいいから」と続ける。チッと舌打ちしながらガノンドロフは次なる拳を構えるが、それを振り下ろす前に第三者が二人の間に割って入った。

「ちょっと朝からうるさいんですけど死んでくれませんか」

振り下ろされた魔王の拳は彼の剣にいなされて再び壁に穴を開ける。現れたのはもう一人のリンク。癖っ毛のリンクとは対照的に、真ん中できっちりと分けられた明るい金髪はさらりと流れるストレート、精悍な顔つきは無表情である。時の勇者と呼ばれる彼は、黄昏のリンクと違ってガノンドロフに対して友好的でない――「ちょっと私に斬られて死んでください」―――どころか敵意剥き出しである。
盛大に顔をしかめるガノンドロフに対して、黄昏のリンクはぱぁと表情を明るくする。父さん、と時のリンクを呼んで駆け寄ると、しかし今度は時のリンクの方が顔をしかめた。

「まだ私のことを父親だと思ってるんですか…」

心底呆れた様子で時の勇者は吐き出す。黄昏は口先を尖らせて反論した。

「思って、じゃなくて、事実なんだ。いい加減認知してくれよ」
「認知できる訳ないでしょうが…!私こう見えて実年齢10歳なんですよ、子供がいるだなんて…奥さんの顔も知らないのに」
「将来的に父さんは俺の父さんになるんだ、これは間違いない」
「仮に未来の私が貴方の父親だとして、しかし今の私は貴方の父親じゃないでしょう」
「そんなの屁理屈だ!」

時の勇者と黄昏の勇者の関係は複雑である。が、それはまた別の話だ。リンク二人が向い合う間で、蚊帳の外になった魔王が呟く。

「…それここでやらないとダメか…」


かくして、有耶無耶のうちにガノンドロフと時のは黄昏に連れ出され、極上チーズのために指定のあった山奥に来ていた。依頼の内容はこの山を中心に付近の村々を襲う山賊の一団を退治して懲らしめてほしいというものである。この三人が揃ってただ“懲らしめる”だけで済むのかは甚だ疑問だが、依頼主も山賊に同情などしないだろう。山賊たちが根城にしているという古城を見下ろす形で崖上に身を潜める三人は、古城の庭を見回る屈強な男たちの装備を確認する。

「山賊という割に…しっかり武装して、鎧まで一式そろえているな。まるで騎士の風体だ」

一番乗り気でなかったはずの魔王が冷静にそう分析する横で、時のは頬杖を付いて悪態を吐く。

「ガノンドロフ、貴方まず先陣を切ってください。後ろから貴方もろとも山賊の根城を吹き飛ばしますから」
「ふざけるなよ小僧」
「その時は父さん、しっかり頭を下げててくれよ。俺のチェーンハンマーはあまりコントロールが良くないんだ」
「聞きましたかガノンドロフ、しっかり後ろは私たちに任せてください」
「山賊より先に貴様らを始末する必要がありそうだな」


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