byNyさん

街に来たのは、買い物でもなんでもない。ちょっとした暇つぶしだ。
暇つぶしに街に出ると面白いだろうなと思っただけだった。

PSIという能力がある以上、そういうちょっとしたことが侮れないと誰かが言っていたなとネスは思う。
にぎやかな街は嫌いではないからちょっとした暇つぶしになるだろう。
街にやってきたときにあまりいいことが起きていないことを頭の隅に追いやって鼻歌まじりで歩く。
つい最近は黒い服の幽霊…もとい幽霊みたいにこつぜんと消えた変な男に遭遇したことはあったが、それだけだ。
その幽霊みたいな男に遭遇したことを小馬鹿にしてきた王子のことを思い出してちょっと不愉快な気持ちになる。
いっそのこと本当にいたんだという証拠でも突きつけてやろうか…なんて思いながら街を散策する。
それ以降は彼に会うことも変なことも起きていない。
話を聞いて心配した大人たちは本当に心配性だな、王子以外。と少し口をとがらせる。
ああ、何だかむかついてきた。

そこに向かったのは、本当になんでもない。
ただ気が向いたから、それだけだった。

そこはゲームセンターのような、室内遊園地エリアだ。
敷地にカラフルなボールがいっぱい詰められたプール。子供を乗せて動く電車やコインを入れれば動くパンダ。
主に小さい子供が楽しむためのエリアだ。
さすがにネス自身はこういうもので遊ぶ年代ではない。
カービィあたりなら喜びそうだなあとぼんやり考えて、ふとそちらの方向に顔を向けた。

…見慣れた青い姿がそこにあった。

いつもの服よりも濃い青色の服と、この場所では目立つ青いマント。
そのマントの留め具はいつもと違い、中に何か金色の模様が入っている。
さらりと流れる蒼い髪と、いつも自慢している線の細い横顔。
唯一違うのは、目元を覆うように蝶を象ったような仮面をつけていることだ。
あんな仮面つけていたっけかと考えるが、ネスの記憶には一切引っかかってこない。
それになんであんなところに彼がいるのだろう。
遠くから見慣れた青年を観察をする。
彼は、子供が乗る小さなメリーゴーランドをまじまじと見ていた。
見える口元は、どこか嬉しそうな楽しそうな印象の笑みを浮かべている。
誰か乗ってるのかと思ったが、そのメリーゴーランドには知っている人は乗っていない。

一体何をしているんだあの王子は。

あきれたようにため息を吐き、怪しい風体の青年をじろりと見る。
しかし彼の浮かべる穏やかな口元の笑みと雰囲気に一瞬毒気を抜かれたような気持になる。
出来る限り関わりたくないが、どうしてあの彼がこんなところにいるのだろうと興味と好奇心がわいてきた。

「…ねぇ、アンタ何してるの」
「え?」

声をかけると、ずいぶんと抜けた声が聞こえてきた。
青年が振り返り、ネスを見る。
ネスをまじまじと見つめ、えーとと少し困ったような声を出した。

「えっと、何か用…かな?」
「こんなところで何してるのかって聞いてるの」
「何って…これを見ていただけだよ」

これ、と言って彼は小さなメリーゴーランドを指さす。
楽しそうだよねと彼はまた穏やかそうに笑い、彼はまたメリーゴーランドに視線を送る。
彼の反応に、妙な違和感を感じた。
いつもならば、こちらを見たら大抵は小馬鹿にしたように話しかけたりすぐに自画自賛したりするはずなのだが、目の前の彼は違った。

「…王子?」
「何?え、あ、いや、違う違う。僕は王子じゃないよ」

なにこれすごく怪しい。

「いや、王子は王子でしょ。何ふざけてるの」
「ふ、ふざけていないよ。えっと…僕は普通の村人だから」
「ここ村じゃないし」

痛いところを突かれた、とでも言いたげに彼は一瞬こわばる。
いや、痛いところじゃないだろとじろっと睨む。

「それに仮面つけたって、アンタだってバレバレだよ」

馬鹿じゃないのと言い捨てると、彼は少し考えるように腕を組んで首をかしげた。
やはり反応がおかしい。
いつもならばやはり仮面をつけてもこの気品は云々言うはずなのだが、目の前の彼はそんなことを言ってこない。
仮面をつければばれないとメタナイト殿が言ってたはずなのに…と彼は呟いている。
新手の遊びだろうか。もちろん付き合う気はさらさらないけれど。

「ぼ、僕は…ローウェルだから。ほら、王子じゃないから」
「…王子の姓じゃん、それ」
「ぐ、偶然だよ、偶然」
「っていうか、最初の王子って呼びかけに反応した時点で名前ごまかすの遅いから」
「……」

がくりと肩を落とすローウェル(自称)を見て、はあと深いため息をついた。
付き合う気はなかったのに、どう見ても突っ込みどころしかない彼らしからぬ言い訳を指摘してしまった。
一体何のつもりなんだと彼に文句を言ってやろうと思い、彼の方を見る。

「…ネスは最初からわかっていたのかい?やっぱりすごいなぁ」

あれ?だからさっきアイク達が声をかけてきたのかな、と彼は穏やかな口ぶりで呟く。
えっ、と今度はネスから抜けたような声が出た。
今、彼は何を言ったんだろう。ネスと、彼は名前を呼んだ。
確かに少年はネスという名前である。それは正しい。
しかし、いつもの彼…マルスはネスのことを[ネス君]と呼んでいた。
だが目の前の彼はいつもの呼び方と違う呼び方をした。

「…アンタ、誰なんだよ」
「あっ…い、いや僕は、」
「いつものアンタなら、わがままで勝手で、偉そうにしてて、いつも僕を馬鹿にしたり
 訳わからないこと言ったり、僕に君を付けて呼ぶはずだよ」
「あ、そうなんだ…」
「どうして僕たちのことを知ってるか気になるけれど、なんでよりによってあのモヤシ王子の姿してるのさ」

不愉快なんだけどと言葉を続けると、ローウェル(自称)はうーんと困ったように呟いた。

「その辺については、簡単には言えないんだよ。ごめんね」
「何それ。そんなことで納得できるわけないじゃん」
「君たちに危害を加えるつもりはないよ?」
「偽物王子が言うことなんてなおさら信用できるわけないじゃない」
「手厳しいなぁ。ここの王子のこと、よっぽど信じてるわけだ」

彼のその言葉が何を言っているのか、一瞬理解ができなかった。
素っ頓狂な声を上げて思わず仮面の男を睨みつける。
恐らくこの反応を予想していなかったのだろう、彼はきょとんとしている。

「ばっかじゃないの!?別にあんな王子のこと信じてないし!っていうかどこ見てそんな信じてるとか言うのさ!」
「え?だって僕がその王子の姿だから不愉快なんじゃないの?」
「全ッ然違うよ!!どうしてそんなことになったの!?」
「ほら、喧嘩するほど仲がいいとか、嫌よ嫌よも好きのうちとか、夫婦喧嘩は飛竜も食わないって言うじゃないか」
「ありえないから!!絶対ありえないから!!」

最後の言葉が一番意味わからないし!と叫ぶが、目の前の彼には何の痛痒も感じていないようだった。
ただ何か納得したようにうんうんとうなづいているだけだった。
話を聞いていないその態度に、ネスはさらにむきになって反論をする。
騒いで騒いで、騒ぎ疲れて言葉を区切ったときに、男は落ち着いた?と声をかけてきた。

「興奮させてごめんね。うん、もう言わないから」
「…、で?お兄さんはなんでアホ王子の恰好でここにいるのさ」

だるさげなため息を吐いて、ネスはそう尋ねる。
彼が何者かと聞いても、おそらく答えてくれないだろう。どこか確信に近いものを感じていた。

「実はね、大柄でちょっと独特の声質の黒い服を着た男性を探しているんだ」
「…知り合いなの?」
「うん、そうなんだ。彼がこの辺りでいなくなったと聞かされてね、ちょうど暇だった僕が探しにきたんだ」

大柄で、独特の声質で、黒い服を着た男性。
ネスの脳裏に、つい最近であったあの幽霊のような男がよぎる。
ひょっとしてと思い、そのことを彼に伝えると彼は驚いたような声を出してネスを見た。

「彼に会ったのかい?何か変なことされなかった?」
「少し話をしただけだから、何もないけれど…」
「そうか、それはよかったよ。彼はちょっと特殊な性格をしていてね、話を聞いてくれたり普通に接してくれる人には普通に接するんだ。
 だけど敵意を持つ相手にはその敵意を煽ったり、目的を阻害する人は容赦しないんだよね」
「…確かにちょっとムカつくこと言ってた」
「うーん、やっぱりか…代わりに僕が謝っておくよ。ごめんね」

しっかりと頭を下げ、申し訳なさそうな雰囲気と声で青年は謝る。
おそらくあの仮面の下もしゅんとしたような顔をしているのだろう。
あの王子に似た外見で素直に謝罪されるのは、どこかくすぐったくてどうにも落ち着かない。

「別に話をした以外は何もされてないんだし、気にしていないよ」
「そうかい?ならば…」
「すみません、ちょっといいですか」

彼がそう言いかけたところに、青い制服を身に着けた警察の人がやってきた。
何事かと思ってネスが警察と仮面の男を交互に見る。
変な仮面をつけている不審者扱いされたのかと思ったが、ネスは今更なことに気が付いた
彼の腰には、あの王子がいつも見ている少し傷がある金色の柄と、赤い宝玉がきらりと輝く剣を腰に差していた。
そう、剣を持ってきていたのだ。街の中に。

「…お兄さん、なんでそれ持ってきてるの」

恐る恐るそう尋ねてみると、仮面の男はえ?と抜けた声をもらした。

「ただの護身用だけど…」
「この街そういうの持ってくるのだめ…なん、だけど…?」
「えっ」

抜けた声をあげて仮面の男はネスを見る。そしてお話いいですかと尋ねる警察の方を見る。
これは助け舟を出した方がいいのだろうか。
王子と一緒の時は一応誤魔化せたものの、さすがに警察相手ではつらいかなと頭を巡らせて言い訳を考える。
ちらりと仮面の男を見ると、彼もこちらを見ていたのか仮面の男と視線が合う。
そして彼は不敵そうな笑顔を口元に浮かべる。いつも見ている王子と、ほとんど同じ表情だ。

「彼について色々聞きたかったんだけど、どうやら無理そうだね。じゃあね、ネス。今日は色々ありがとう」

不敵な笑みが消え、今度は優しく笑っている。
ネスに向かって手をひらひらと動かし、彼はくるりと方向転換。
何をするのだろうと思った瞬間、彼は乱闘で見せるような瞬発力でこの場から走り去っていった。
彼のつけているマントが、優雅に翻っている。
突然の行動にぽかんとしていた警察が我に返って慌てて仮面の男を追いかけ始めた。
あれは追いつかないだろうなあなんて見当違いなことを考えて、ネスは走り去る警官と男を見つめていた。
あの偽物王子は、一体何だったんだろう。あのむかつく王子とは性格が全然違うのが、妙に心に引っかかる。
しかし、あの幽霊男の知り合いならば正体について考えても無駄のような気がしてきた。
それに考えなくても、いつか彼らが何者なのか分かる。そんな気がしていた。

さて、警察の人に事情聴取される前にとっととここから離れよう。

ネスは彼らとは違う道を進んでいった。
今日は面倒なことがこれ以上起きなければいいな、なんて考えて。

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