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怪我の治療をしてからどれほどの時間が経ったのだろう。
あれから男は再び立ち去り、静寂があたりを包んだ。
いや、時計の音は聞こえるから静寂とはいえないだろうか。
かちかちと時を刻む音は聞こえども時間を示すものはどこにも存在せず、何とも不気味な空気をしている。
注意と緊張感が少し薄れ始めたころに、またあの男が戻ってきた。
その表情には緊張感のかけらもなく、にこにこと張り付いた笑みを浮かべている。

「サて、怪我の様子は如何でショうか?」

怪我をさせた原因が何を言うか。
嫌味を含めてそんなことを言ってみるが、男はちっとも気にせずに左手の様子を見ている。
あの後暴れないようにと右手は手錠をかけられ、左手は動かないように固定されている。
左手はまだ強く動かせないものの、痛みは殆どない。

「ふむ、顔の腫れもナイみたいでスね。サスガ大妖精印の薬」
「…どうして治療をした?確かに僕のこの美貌に傷がついたら世界的な大損害だろうけれど、…治すメリットがそちらにはないだろう」

そう問いかけてみると、彼はきょとんとした顔をして首をかしげる。

「どうシて?そう言われまシテも、怪我をシている人は助けるモノだとピーチさんに言われたからでス」
「…ピーチ姫に?」
「はい」

どうしてそこでピーチ姫の名前が出るのだ。もしかしたら彼女との知り合いなのか。
予想外の人物と彼の接点、関係をいろいろ思考する。
だが情報を得るために暴力をふるう彼と可憐な彼女の接点が一向に見えてこない。
考え事をして黙っているマルスを、彼は相変わらず張り付いた笑顔を浮かべてじっと見つめている。

「ホラホラ、私とピーチさんの関係に免ジてネス少年の居場所を教えてくだサイな」
「あなたにピーチ姫と何らかの関係があるならば、聞かずとも知っているだろう」
「…その様子では、お話いたダケないと言うことデスか?」

困りましたねえと呟く。
彼は大きい体をひねってうーんとうなっていたが、突然あっと声をこぼす。

「ま・さ・か、痛い目に遭いタクてワザと黙ってまス?マルスさんのMはマゾヒストのMなんでス?」
「ふざけたことを。僕は仲間を売る真似はしないよ」
『……、ならば、この姿なら話してくれるか?マルス』

男が顔を隠すように手で覆い、つるりと撫でた。
撫で上げた手の後ろの姿は青い髪と凛々しい眼差しをした若い顔立ち。
あの時と同じで、服装こそは違えども姿と声は彼そのものだった。

「あ、アイク…!」
『んん?どうかしたか?動揺、しているな?俺の姿にヒジョーに動揺しているな。
 見たコトがない顔をしているぞ?いや、マルスの隙をついたときと同じ顔をしているな』
「ど、どうしてアイクの姿に…!」
『あっははは、手品のタネを明かすなんて誰がすると?』

居場所を話してくれるなら種明かしをするが、と失礼だが今の姿にはあまり似つかわしくない爽やかな笑顔を浮かべる。
見た目や声はアイクそのものだが、話し方や表情は彼のものではない。

「こ、断る!」

見慣れている人物から漂う異質さに寒気を感じるがぐっとこらえて彼に言い放つ。
それと同時に彼の拳がマルスの頬を打つ。見た目にそぐわぬ威力の拳にマルスは思わず倒れ込む。
じわりと広がる痛みに、無意識にうめき声をもらす。

『ほら、教えてくれよ。痛いこと、されたくないだろう?それとも、俺に痛いことをされたいのか?』

悪い子だなあ、マルスは。
そう言ってマルスの顔を覗き込み、【彼】はいつもの彼とは違う沼のように澱んだ目を歪ませてにたりと笑う。
覗き込んできた【彼】を睨みつけようとすると、マルスは一つのことに気が付いた。
【彼】の目は何も映していないのだ。
文字通り、見つめているマルスの姿も差し込む光も、一切映し出していなかった。
見知った人物の濁った目が、普段聞くことがない再び背筋に寒気をもたらす。
だが、こんな奴にこれ以上の弱みを見せることはしたくない。
奥歯をぐっと噛みしめ、何も映さない【彼】の目を睨みつける。

『ん?やっぱり痛い目をみたいのか。困った奴だな、マルスは』

目の前には、更に面白そうに嗤う男を負けじと睨みつけていた。
だが、何も映さずに歪むように嗤う彼にそっくりな顔を見続けているのは苦痛だった。
何もできない悔しさと、不快な思いと背筋を撫でる恐怖で顔を伏せる。
目をそらしたものの、目の前の【彼】は未だににやにやと嗤っているような気配がする。

そのとき、すっと影がさした。

【彼】のものとは違う影に気が付いて、マルスが顔を上げる。
影がさしたことに【彼】が気が付いたのか、それともマルスが顔を上げたことで気が付いたのか。
【彼】は不思議そうに後ろを振り返ろうとした。
だがそれと同時に影の人物が拳をふるい、目の前の【彼】がぐえっという声と共に壁に叩きつけられていた。
叩きつけられた【彼】から黒っぽい粒子が飛び散り、先ほどまでの壮年の男が下から現れた。
痛そうに頭をさすっていたが、叩きつけた人物は手を緩めることがなかった。
そのまま男の胸倉をつかみ、さらに彼の顔に拳をふるう。
反撃させる間も与えずに、ただ力の限りの拳を男の顔に叩きつけていた。
男は最初は短いうめき声をあげていたが次第にそれもなくなる。
ただ殴りつける音と何か液体が飛び散る音、時々めしゃりといった何かがつぶれる音が聞こえてくる。

「アイク!」

マルスの呼び声で殴りつけていた男、アイクがマルスの方を向く。
殴られていた男の顔は黒い液体のようなものが溢れ、ぐちゃぐちゃになっているように見える。

「マルス、無事だったか」
「…、そう思うならこれを何とかしてほしいんだけれど」

見慣れた表情と声のトーンに安堵の息をこぼしつつ、がちゃりと手錠を鳴らして右手をひらひらと動かす。
それを見た途端、アイクが少し目を見開いてマルスの元に近寄る。
数回手錠を引っ張っては見るが、どうにも外れるものではないことくらいつけられている本人もアイクもわかっていることだろう。
それでも諦めきれそうにない表情を浮かべているアイクに、さっきの男が鍵を持っているだろうと指摘をする。
少し冷静になったのか、それとも今気が付いたのか。アイクはマルスの表情を見て、わかったと答えた。
先ほどの男とは違う光を映す目を見ているだけで、マルスの胸の内がくすぐったいような感覚に満たされる。

アイクが鍵を探そうと振り返ると、そこには誰もいなかった。
文字通り影もかたちもない。殴りつけたときに飛び散った黒い液体も粒子も何も床にも壁にも、殴りつけたアイク自身の手にも残っていなかった。
錠を外そうとしている間に逃げたのかとも考えたが、物音ひとつなくこの部屋を立ち去ることはあの大男には困難…のはずで。
一体どういうことなのかと考えることが得意ではない頭をひねらせ、眉間にしわを寄せる。
しかしどう考えてもわからないものはわからない。
振り返るとマルスにも大男の不在が分かったのか怪訝な顔をしている。

「これはいったいどういう…」
「鍵」
「え?」
「探してくる」
「ちょ、ちょっとアイク!?」

要件だけを告げて部屋を飛び出すアイクを呼び止めようとするが、彼の耳にはもうマルスの言葉は届いていないようだった。
走り去る彼の足音を聞いて、マルスは深いため息をつく。
どうにも解放されるのはまだまだ先のようだ。
なるべき彼が早く戻ってくれることを祈るようにマルスは目を閉じた。
瞼の裏ではあの男の張り付いた笑顔が広がり、耳の奥であの男の哄笑が響く。
どちらも追い払うように、頭を軽く振る。
これ以上、自分にもアイクにも、誰であると何も起きてほしくはない。
そして二度目の深いため息をつく。


…リンクたちがマルスのいる場所にやってくるまであと3分。

***
前日譚も含め全4頁に渡る長編作品を、私個人の為に書いてくださったNyさんにまずは感謝の言葉を…!本当にありがとうございます!
我が家の設定をよくご理解して頂いて、本物より本物らしい生き生きとしたうちの子たちがホントに素敵でした…。そして何よりウォッチさんの掴みどころのないこの性格が、マルスと上手くかみ合わなくて堪りませんでした^^

以降より、これら本編の番外編にあたる話を私が書いた分とNyさんが書かれた分の2本を載せます。時系列順に、その時他のキャラクターが何をしていたかを書いてますので、こっちは割と平和ですかね(笑)


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