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普段は買い物客で大いに賑わうこの大通りは、現在驚くほど静まり返っていた。しかし、人がいないという訳ではない。寧ろ、明らかにカタギには見えない男たちが、とある三人組をぐるりと取り囲むようにして列居している。
一般の買い物客は音も立てずにこの場から立ち去り、大通りに面した店という店はすぐさまシャッターを下ろして早い店じまいとしてしまう。
いよいよ大通りの空気が重くなった。

「…OK、OK、まず状況を整理しようか」

押し潰されそうな空気の中、大勢のコワモテの大人たちに囲まれながらも、三人組の内の一人である少年が声を上げた。ギラリと数百の視線が彼に突き刺さるが、少年は特に気にする様子もなく両脇に控える金髪の勇者と、蒼髪の王子を振り返った。
青年二人は気だるげに頷いてみせる。

「まぁ…それは良い案だ」

「賛成です」

「じゃあ、まず」

青年二人の返答を待ってから、少年は続けた。

「僕たち、買い物してたよね?」

「あぁ。屋敷の米がなくなったからな」

「必要に駆られて、ということになりますね」

「OK、僕たちが買い出しに来るのは必然だった、と。次に、だけど」

実に倦怠感溢れるやり取りである。補足しておくが、彼らは依然として怖い顔のおじさん、お兄さんに囲まれている。そのコワモテの方々は苛々と、しかし三人の不毛なやり取りが終わるのを待っている。案外親切なのかもしれない。

「僕たちがこの大通りに来たのは、なんでだっけ?」

さくさくと少年が話を進める。が、それには王子は黙り込んでしまった。代わりに勇者が答える。

「マルスが、“安売りの気配がする”と言って走っていったので、私たちはそれを追って…」

「僕は悪くないぞ。この大通りに僕たちが来たのは、確かに僕の行動によるものかもしれない。しかしだな、最初にあの車に近付いたのはネス君だ」

この時、王子はビシッと道路脇に停めてあった高級車――の残骸――を指差した。黒光りするボディや、ピカピカに磨き上げられていたはずの窓ガラスは、見るも無惨に砕け散っている。
指摘を受けた少年は、それまでの余裕の表情を崩して眉を吊り上げた。

「だ…だって、あんな高そうな車初めて見たし!珍しくてもっと近くで見たいと思っただけで…てか、近付いたのは確かに僕だけど、その後僕にちょっかい掛けてきたのは王子でしょッ!」

「ちょっかい?」

人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、王子は肩をすくめる。

「被害妄想はよしてくれたまえ。僕はただ、あんな高級車には一生分の財産を注ぎ込んでも手が届かないと悲嘆する君に同情の言葉をかけてあげただけじゃないか」

「ふざけんな!そもそも同情のベクトルが腹立つけど、それ以前に“貧乏人風情が見栄を張るな”って…アンタ喧嘩売ってんのか?!」

「…まぁ、待てネス君、ひとまずもちつけ」

「お前が落ち着け」

意外と早く言い合いを切り上げ、王子と勇者は少年の次の言葉を待つ。彼ら自身も、この行為が不毛であると薄々気付き始めているのだろう。

「で、僕と王子は車の横で喧嘩を始めた。この時まだ、車は無傷だった。OK?」

「嗚呼、僕はあの車に触れた覚えはない」

「車に触ったのは…」

王子と少年は、それまで事態を傍観していた勇者を遠慮がちに見やった。勇者は一度、大破している高級車を見、それから王子と少年を見た。
そして首を傾げる。

「…私が悪い、と?」

勇者は問う。少年と王子は目を見合わせた。

「悪い、っていうか」

「あの車を壊したのは、君だろ」

「…えぇ。そうですね…」

「ちなみに、だけど、あの車は現在僕たちを取り巻いてるお兄さんがたの“組長”のものらしいね」

「…らしいですね」

やや分が悪くなってきたからか、勇者が視線を泳がせる。が、ふと気を取り直したのか、思い出したように続けた。

「私だって、壊すつもりはありませんでした。ですけど、貴方たちが何度呼んでも私の呼びかけに気付いてくれないものですから…つい」

「つい…目の前にあった車を真っ二つに切断、破壊しちゃった、と」

「簡潔に言えば、そうなります」

勇者の言葉を王子が次ぐと、勇者は何処か満足げに頷いた。物を壊したあとの、言い知れない快感のようなものが今勇者を満たしているのだろう。
それが勇者にプラスに働いたのかもしれない。勇者は眼を細めて、囁くように言った。

「こうは考えられませんか?…貴方がた二人が喧嘩などして無駄な時間を過ごさなければ、私が車を破壊することも無かった…と」

王子と少年は若干言葉に詰まるように視線を反らした。一見すれば理不尽とも思える勇者の発言も、実際手の付けられない程の口喧嘩をかましていた王子と少年には頭ごなしに否定出来るものではない。

結局、結論の出た三人組は、再び少年に司会進行を丸投げした。少年は媚びるように自らを取り囲んだ男たちを見上げ、言った。

「…そういうカンジだから、今回の件は連帯責任ということで」

男たちは、不機嫌そうに少年を見下ろす。金属バットやら日本刀やら、中には拳銃をちらつかせる者もいる。
とにかく、全員が彼らに敵意を向けていた。
しかし、そんな視線にもやはり何の反応もなく、少年と青年二人は、声を揃えてこう宣った。

「「「車壊してごめんなさい」」」

――が、世の中そんなに甘くない。
彼らの誠心誠意の謝意も、沸点の低い男たちには伝わらないのだ。…多分。

「ごめんなさいで済んだら警察いらんわボケカスコラァ!!」

明らかに高級そうな車を破壊したのに(しかも故意に)、ごめんなさい程度で許してもらえるはずがない。
かくして、それまで静まり返っていた大通りは、男たちの怒号で溢れ返ることになる。

何を隠そうこの方々、巷で有名なヤの付く職業の人々である。そんな人々と関わるだけでも一大事なのに、上記のような理由でリンクがこの組の頭の車を破壊してしまったのだ。

――まぁ、謝ったところで平和的な解決は端から望めなかった訳ですネ。

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