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平日であろうと人があふれる活気のある街の中を、とある場所へ向かうためにマルスは足を進めていた。
数日前の休日にぎやかな街の中で、マルスの仲間である少年は幽霊に遭ったと言っていた。
君は本当に幽霊に好かれやすいみたいだなと囃し立ててはいたものの、内心は心配だった。
口が悪く、いつも言い合いをするあの少年の不安げな態度は、できる限り見たくはないものだ。
だからこそマルスはその幽霊の遭った場所へと向かっていた。

その場所に、彼はいた。
黒いスーツと黒い帽子。細い目をして笑っている黒ずくめのおじさん。
聞いていた情報と寸分違わぬ見た目の男性がそこにいた。
恐らく、彼だろう。
そう思い男性に近づくと、彼は人ごみを眺めていた顔をこちらに向けた。
驚いているのだろう。口元の笑みは消え、細い目元が僅かに開いていた。
その驚きはすぐに消え、先ほどの温和そうな笑みを貼り付けていた。

「おやオヤ、今日は…少年ではなく青年デスか」
「ご希望に添えなくて残念だったね。」
「…不思議でスねえ。ここで会っタのは少年だけなのに。どうシてアナタは私をご存ジで?」

人の声のようでありながら作り物めいた声で男は呟いた。
やっぱり、と確信を抱きマルスも彼と同じように人当たりのよさそうな笑顔を向けた。
周囲はそんな二人に興味を示すことはなく、自分たちの日常を過ごしている。

「あの子が会った幽霊というのはあなたか」
「幽霊?私が?ははは、ナカナカ面白いコトをいう。こうも立派な足がアルのに、幽霊でスか」
「僕としては幽霊と思っていないけれどね」
「ほう、ならばなんと思ってイルのでスか?」
「かわいい少年を誑かす変質者か何かで十分だろう」

これは手厳しい。そういって彼はからからと笑う。
彼の反応にマルスは端整な顔を少ししかめる。
幽霊にしては陰湿な雰囲気がなく、明るく振る舞う彼は人間で間違いはないだろう。
しかし貼り付けているだけの笑顔の所為だろうか、どこか彼からは嫌な空気を感じる。
自分の経験が、信用するなと警鐘を鳴らしている。
不審な彼は睨むマルスを、見えているのか分からない細い目で眺めていた。
そして少し顔を右上に向け、何か納得したように数回頷くと、口元にゆったりとした笑みを浮かべて再びマルスに顔を向けた。

「私は別に、ネスさんに危害を加えルつもりは一切ないのでスよ。ただ、独り寂シいのでお話をスる相手が欲シいだけなのでス」

彼の言葉を聞いて、マルスは確信を得た。

「…やはりあなたは信用すべき人間ではない」
「おや、ソれはどうシテですかね」

きょとんとするような態度をする彼の仕草が妙にわざとらしいのが癪で、目を細めてにらみつける。

「どうしてあの子の名前を知っている。僕は彼の名前を一切口に出していない」
「あらアラまあまあ。なんということでショウ。これは失念シていまシたよ」

オーバーな身振りで自分の失言を嘆くしぐさをする。
口元は笑ったままなのが気味が悪かった。
まるでこの状況を楽しんでいるかのような彼の態度に、不信感が警戒心に変わる。

「一体何が目的なんだ」
「言いまシたよ。少年に会っテお話をスルことが、私の目的でス」
「信用ならないね」
「誰も信用シてクレなんて言ってまセんから…ってなんでソンナに睨むのでス?麗しシイお顔が台無シでスよ?」
「確かに、僕の見目麗しいのは事実だ。そう言うのは悪いことではないが、ネス君を会わせるわけにはいかないんだ」

マルスの言葉に、男は顔をうつむかせた。
大柄な男性だがベンチに座っていることもあり、マルスの位置からでは彼がどんな表情をしているのかはわからなかった。

「どうシテてもでスか?」
「どうしてもだよ」
「…そうでスか、残念デスね。ソんなに、敵意を持って睨まれたら仕方ないでスね」

悲しそうな、がっかりしたような声質だった。
ゆっくりと立ち上がった彼は、少し困ったような表情をしている。
それでは失礼します、とマルスに会釈をしてその場を立ち去って行った。
人ごみの中に消えたのを確認して、幽霊だろうが変質者だろうがもう現れなければいいんだがと心の中でつぶやく。
彼が立ち去った今、為すべきことは一先ず終わったか。と、後ろを向いて帰ろうとする。

「敵に後ろを見せルなと、老騎士や傷の傭兵カラ聞かなかったのデスか。マルス・ローウェル」

どこか嘲るような含みを持った低い声が、マルスの背中をざわりと撫でた。
上昇する警戒心と背後を取られた驚きで、反射的に振り向く。
振り向いたマルスの目の前に立っていた存在に、彼は目を丸くした。
服装は先ほどの男性のものであるが、マルスとは違った青色の髪と凛としたまなざし。
顔は先ほどの壮年の顔立ちではなく年若い男の顔立ちをしている。
それは、マルスの見知った男の顔だった。

「アイ…」

彼の名を呼ぼうとしたときに、目の前の男は素早く腕を伸ばし黒い物体をマルスに押し当てる。
バチッという音が耳に届いた時には腹部に広がる熱と痛みと、鈍器で殴られたかのような衝撃が全身を襲った。
咄嗟に逃げ出そうとしたが体に力が入らない。
衝撃と共にがくりと崩れ落ちてしまい、望まずとも目の前の彼に抱き留められる格好になってしまう。
それから逃れようとするものの、手足が強張る感覚ばかりを伝えて一向に動こうとしない。

『おい、大丈夫か?』

動けないマルスの耳元にいつも聞いている【彼】の声が届く。
こちらに無関心の周囲も、急に人が倒れたためかざわざわとしている。
大丈夫かと声をかける人もいるが、動けないマルスの代わりに【彼】が周囲に答えを返している。

『すまない、こいつは少し体が弱くて…救急車は呼ばなくても大丈夫だ。俺が運ぶ』

さっとマルスを横抱きにし、周囲の人に心配をかけた詫びと礼を述べて【彼】は立ち去った。
後ろには、心配そうに二人を眺めている人たちがいたが、二人が立ち去ったと同時にそれぞれ自分たちの日常に戻っていった。



しばらく抱きかかえていた【彼】は、人通りが少ない路地裏まで進むと後ろを振り返り、にやりと口元を歪めた。

「いやあ、彼に擬態シて正解でシたね。ああもシッかりとシた隙を見せてくれるなんテ」

【彼】の声はマルスの知っている【彼】の声ではなく、先ほどの壮年の男性のもので。

「この世界の脳ミソ筋肉ボーイにはちょーっと悪イことをシまシタが…まあいいでショ。あの場を切り抜けるのに役立ってクレまシたシ」

やっとの思いで動かした頭を、視線を【彼】へと向ける。
視界に見えるのは、普段の【彼】が決して見せることのないような優しそうで残忍な笑顔だった。
もうお眠りなさいと、彼の手がマルスの視界を覆う。
優しげな言葉だった。しかしその言葉は安らぎを与えるものではなく、深淵へと引きずり込もうとしているような感覚を与えるものだった。
できることなら、逃げ出したかった。しかし、動くことができないマルスには無理な相談である。
抵抗らしい抵抗もできないまま、マルスはゆっくりと深淵へと引きずり込まれてゆく感覚を覆われた黒い手の奥で味わっていた。

「ローウェルさんの仲間の誰かが気が付くマデ、あと1934秒…サッサと行動しまショうね」

男は、そんなことを呟いていた。



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