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休日の街はにぎやかで、あちらこちらで人があふれている。
買い物を楽しんでいる面々から離れて、ネスは壁際のベンチに腰を下ろしていた。
せっかくの休日に荷物持ちをするのは面倒だと適当な言い訳を使って一人、憩いの場で休息を取っている。
ざわざわと人々の足音、声が聞こえる中、不意にちりんと硬質なものが床に当たる音が耳に届く。
音の方を見ると黒い山高帽に墨色のシャツ、黒いスーツを着た全身黒ずくめの壮年の男性がそこにいた。
表情はとてもにこやかで、微笑んでいるように目は細められている。
男性の足元には真っ黒な鍵が落ちていた。
さっき聞こえた音はこれか、と納得したように鍵を見つめる。

「少年、お隣イイでスか?」

穏やかそうな男性が口を開くと、人のような機械のような不思議な声が聞こえた。
ちぐはぐで片言だが、物腰は丁寧だったために悪い人ではないと判断。
少しばかり緊張しつつどうぞと答えると、彼は感謝の言葉を口にしてネスの隣に腰を下ろす。
背がでかいなぁと何となく考えていると、彼は少し困ったような笑顔を浮かべた。

「イやぁ、この辺りデ鍵を落とシテしまいまシてね。探スのに638秒かかるのデスよ。だカラ少年とお話シようと思いまシて」
「…おじさんの足元にある鍵がそうじゃないの?」

不可解なことを喋る男性に鍵のことを伝えると彼は指と頭を振り、否定の言葉を述べた。

「"探ス"のに624秒かかるノでスよ。オーケイ?少年」
「はぁ…」

こいつ何言ってるんだろうという視線を男性に送るものの、そんな視線を受けていても彼は平然としていた。
当たり障りのない会話を何度が交わすも、彼の話ぶりは独特すぎるものだった。
彼がこの街に来た理由を聞いてみると、
「暗黒竜を倒すため一人旅をしている」
「伝説の楽器を探し眠れる魚を起こすためにここに来た」
「ペールに引きこもった友人のためにペンシルロケットを探しにきた」
などと話が二転三転と変わってゆく。
聞く度に内容が変わるため、適当なことを言ってからかっているのだろうと内心ため息を吐き、それらしい言い訳をして立ち去ろうとする。
ところが彼はぬっと腕を伸ばし、ネスの腕を捕まえる。
ひやり、とネスの腕が予期せぬ感覚に包まれた。
まるで氷のような冷たさが掴んだ場所から、徐々に浸透してゆく。

「今ココを去らなイ方がいいでスよ。362秒後に怖い怖いお兄さン達とぶつカルか迷子になる可能性がありまス」

ここにいないと一緒に来た人たちが心配しますよ、と彼は言葉を続ける。
言いたいことはあったはずだったものの、彼の手の冷たさに気圧されてゆるゆると腰を下ろす。
彼は一体何者だろうか。
先ほどからよくわからないことや転々と変わる話ばかりをしているし、彼の手はあり得ないほど冷たい。
未だに冷たさを感じる腕をそっと触り、まじまじと壮年の男性見つめていると、彼はにこりと微笑んだ。

「ソりゃあ、立ち去りタい気持チは分かりまスよ?私、おバカではありまセんからね。こう見えても勘はいい方でスから。怖いのでショう?
 やっぱりヤハリ、この大人の色香とダンディズム溢るる長身のミステリアス・ガイがその辺にいソうな平々凡々なちっサイ少年の横に来たら
 少年は怖サのあまり逃げたくなって当たり前でショうし…オヤ、どうシたんでスか?とっても愉快な顔をシテまスが」
「アンタ馬鹿じゃないの」

オーバーな身振り手振りで激しい自画自賛をし始める男性に、ネスの中にあった恐れよりも不信感の方が勝った。
初対面であり、見て分かるくらいの遥かな年上ということで大人しくしていたものの、流石に我慢の限界だった。
文句の二つや三つ四つ言ってやろうと口を開いたと同時に、彼は何かに気づいたような仕草と声を洩らした。

「ああーっと、私とシたことガ、お話に夢中にナって時間を忘れテいまシたよ」

すみませんねえと笑顔で頭を下げて彼は立ち上がった。
何歩か歩いて、探していたと言って放置していた足元の鍵を拾い上げる。

「いやぁ、少年のおカゲで鍵も見つかリまシたシ、本当にありがとうございまスね」
「…僕何もしてないんだけど」

謙遜を言っているつもりはない。本当に何もしていないのだから。
それでも彼はしきりに感謝の言葉を伝えてくる。

「あなたがココにいる、という事実が私を鍵のモトに導いたのでスよ。だから感謝感謝でス」
「いや、意味が分からないから」
「分からなクとも結構でスよ」

私だけが分かっていればいいんですからと言葉を続けて彼は被っている山高帽を外し、深々と頭を下げる。
大きくゆったりとした動きは一見すれば紳士的な動作であるはずなのに、ネスにはどこか舞台に立つ役者のような印象を受けた。

「ソれではごきげんよう、心の力を扱う平々凡々な少年!またイツか、会えるといいでスね」

演劇じみた態度の所為だろうか、一瞬男性の言った言葉が理解できなかった。
彼の言葉が頭に染みわたり、彼が何を言ったのかを理解した時にはすでに彼はその場から立ち去っていた。
呆気にとられたのは一瞬であり、人が多いとはいえあれだけの背の高さであるにもかかわらず、辺りを見回しても黒い姿の彼は何処にもいない。
どこにも彼がいないことを確認した途端、ぞわりと冷たい風が背筋を撫でたような気がした。
僕は幽霊にでも遭ったのだろうか。
でも幽霊にしては随分と馴れ馴れしくて陽気そうな奴だったなあ。
ナルシストっぽくて少し上から目線の態度が腹立つけど。
ベンチから浮いた足をぶらつかせて、彼はが何者だったのかをぼんやりと考える。
考えない方がいいのかもしれないと思いつつも、特にすることがない為に自然と先ほどの出来事を思い返してしまう。
みんなが帰ってきたら、幽霊っぽい人に遭ったとか言ってみようかなあ、なんて考えながら。

みんなはまだ買い物から戻ってこない。



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