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「なぁ」

乱闘を終えて、仮想空間から帰還した後に通される控え室にて、ロイはマルスに声をかける。ちなみにマルスは乱闘には参加せず、控え室のモニターで観戦していた訳だが、何かねと爽やかに応えた。
ロイは心なし悄然とした風に小声で言った。

「お前、ネスに何か教えたか?今日のネスめちゃくちゃ強くて…っていうか、戦い方がお前に似てたような…」
「ははは、それは気のせいじゃないか?」

マルスは満足げに胸を張る。彼がネスに剣術を指南するようになってから早3日。乱闘では剣術を披露しないネスだが、その訓練で培われた戦闘技術の成果は目に見えて現れ、今やネスの戦績はうなぎ登りである。その師としてマルスも鼻が高いが、とりあえず彼らの師弟関係は“秘密の特訓”ということで伏せられている。

「くっそー!稽古してくる!」
「いってらっしゃい」

相当悔しかったのか、ロイは封印の剣を担いで慌ただしく控え室をあとにした。それと入れ違いになる形でネスが仮想空間から帰還する。が、こちらは相当疲れているようで、ふらふらと覚束無い足取りでマルスの横のソファに沈み込んだ。

「お疲れ、ネス君」「…うん。どうだった?」
「悪くないね。あとはスタミナかな、今日は素振りを増やそうか」
「う」

マルスの指摘にネスは肩を竦める。今日の乱闘のメンバーは、ロイ、ネス、ファルコ、ミュウツー。ネスはこの中で見事勝利を収め、控え室に備え付けられた薄型のモニターでは、表彰台の真ん中で小さなトロフィーを受け取る少年の姿がリプレイされていた。
マルスの教え子は、非常に優秀だった。そもそも戦闘センスの高い子供だったこともあり、マルスの助言で彼はめきめきと成長を遂げたのである。
元いた世界では“覚醒”なんて経験までしているネスは、正直己の力を持て余していた。その制御の仕方を知り、的確な力の配分を覚え、かつ適切な戦術を駆使すること。それが彼を成長に導いたのだろう。

訓練も六日目に差し掛かる頃には、ネスはアイテム運が良かったとはいえ、ガノンドロフを撃破できるまでになっていた。

「あの小僧に小賢しい悪知恵を仕込んだのは貴様か」

やはり控え室で観戦していたマルスを見付けるなり、猛烈に機嫌の悪そうなガノンドロフがマルスの胸ぐらを掴み上げた。
本日の乱闘は子リン、ネスチーム対ガノンドロフ、Mr.G&Wチームのストック制チーム戦。二機のストック差をひっくり返して、最終的にはサシでガノンドロフに勝利したネスに、多くの者が賛辞の言葉を贈った。
その事実にはガノンドロフとて異論なかったが、その後子リンに散々馬鹿にされ、Mr.G&Wに同情されたとあってはストレスも溜まるというもの。要するに八つ当たりだが、マルスは宙ぶらりんのままに高らかに笑った。

「あっはっは、僕の生徒は優秀だろう。貴方にぶつけるのは時期尚早かとも思ったが、彼はよくやってくれたよ」

そしてやや声を落とし、ガノンドロフに問うた。

「彼と戦ってみてどうだった?何を感じたかな」
「…小僧の後ろに貴様が立って、逐一指示を出しているかのようだったな」
「ふむ、ならもう彼の基礎は完璧だね」

満足げにマルスが頷く。それに毒気を抜かれたか、ガノンドロフはマルスを床に下ろして手を離した。

「後進の育成か?もう隠居気取りか」
「まさか。まだまだ譲る気はないよ」

一瞬控え室の温度が数度下がったかのように空気が張り詰めた。マルスの発した殺気によるものである。が、わぁと声を上げて子リンとネスが仮想空間から帰ってくると、それも霧散してしまった。マルスはいつもの胡散臭い笑みを振り撒いて、子供たちを出迎えた。

***

「さて」

いつものように開けた閑地で向かい合うマルスとネス。その手には既に訓練用の剣が握られ、心なし二人の間には冷たい風が吹く。マルスが言った。

「今日で約束の一週間が経つ。僕の教えは役に立ったかね」

ネスは緊張の面差しのまま頷いた。

「立ったね。すごく」
「光栄だ。君はとても優秀な生徒だった。僕も教えがいがあって楽しかったよ」

少年の健闘を称える風な言葉だが、言われた方の少年はにこりともせず、真剣な眼差しでその場に立ち尽くしていた。――この後に起こる展開を予測しているかのように。
マルスはそんなネスの様子を認め、満足げに笑った。

「訓練の最後に、君の得た力を見せて欲しい」
「…PSIは?」
「勿論、解禁だ」

瞬間、二人は半身で剣を構え、油断なくお互いを睨む。マルスは依然余裕めかした声で、戦闘開始を促した。

「胸を借りるつもりで…などと温いことは言わない。今の君の全力で、僕を殺しに来たまえ」
「吠え面かくなよ!」

走り出したネスは、脇構えからマルスの顎を狙って一閃を繰り出そうとする。カウンターで迎え撃とうとしたマルスだが、ネスは木刀を振ることなく急ブレーキをかけ、勢いそのままに足元の砂利を蹴り上げた。目潰しである。
無論、この体格差、砂を巻き上げたくらいの目潰しでは届くはずもない。しかし常なら届かぬ陽動も、PSIを加えれば立派に役割を果たす。砂埃に撒かれて持ち上げられた砂利は、散弾銃のようにマルスを襲う。珍しく、無敗の王子は悲鳴を上げた。

「ひゃあ!?本当、悪知恵…」
「――ッ!!」

無駄な叫びも、僅かな油断もなく、ネスは怯んだマルスの首を狙って突きを繰り出す。如何に付け焼き刃の剣術指南を受けようと、相手との力の差は歴然。故にこの初手で奪った一瞬の隙だけがネスの勝ち筋だ。

「――合格だ」

が、ネスの突きは、いつの間にやらその軌道上にねじ込まれていたマルスの剣によって、目標に届くことはなかった。下がらなければ、とネスが断じて一歩下がると、その残像を追うように木刀が地面に突き刺さる。訓練用の剣とは思えぬ切れ味だ。
もう一歩をネスが動くことはなかった。喉元にぴたりとマルスの剣が迫ったためだ。

内心、子供相手に本気だしやがって、とネスは舌打ちしたが、一方のマルスはいつもの腹の立つほどに爽やかな笑顔で、ネスの降参の声を聞いていた。

***

「今回は、これで君を合格としよう。よく頑張ったね」

マルスは朗らかにそう告げた。労うようにネスの頭に手を乗せたが、それは速攻で払い落とされた。無駄に手首のスナップが効いて痛い。マルスが教えた“力がなくても早く強く回転を生み出す”方法である。
しかし、ネスは僅かに考え込むように沈黙したのち、マルスの手を払いのけた手を、再びマルスの前に突き出した。罠かな、とマルスが警戒すると、ネスは「感謝の気持ちの握手だよ!」と怒鳴った。

マルスは小さな手を握る。この僅かな期間に一体いくつの肉刺を作り、潰したのか分からないが、しかし少年は弱音一つ吐かなかった。
ネスがぼそぼそと“ありがとう”などと呟くので、マルスもまたらしくなく激励の言葉を贈ったのだった。

「あとは精進したまえ。先生の顔に泥は塗るなよ」

「砂利は飛ばしたけどね」と憎まれ口を叩いて、少年は屋敷に走り帰った。

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