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「ねぇ、僕に剣術を教えてよ」

ダメ元で頼んでみたところ、しかし返答は存外に明るかった。

「いいよ。それじゃあマスターに訓練用の剣を借りてこようか」

***

自分で頼み込んでおきながら、ネスはマルスの返答を聞いてぽかんとした。それはマルスに手を引かれ、マスターの元を訪ねても変わらず、いざ開けた閑地に到着して剣術指南が始まる段になってもいまいち実感が湧かないほどであった。当然、その不可解なネスの反応にマルスは首を傾げる。何か不満かい、と問う声が飛んできて、ネスは慌てて左右に首を振った。

「いや、そうじゃなくて…断られると思ってたんだ」
「おや、僕は人の頼み事を理由もなく断ったりしないが」
「よく言うよ…じゃなくて。ホラ、剣術は殺人術だから教えたくない、とかそんな理由で」

ああ、そんなこと、とマルスは肩を竦める。無論、ネスとて頼んだ以上剣術を教わりたいのは本心だが、マルスがそう簡単に首を縦に振ってくれるとは思っていなかった為に、肩透かしを食らった気分だ。
マルスはいつもの尊大な調子で言った。

「勿論、僕が教えられるのは、殺人術だ。だが、君ならその力に溺れることも呑まれることもないだろう。だから、剣術を教えることに異存はないよ」

マルスはネスの実力を買っているのだ。それが分かると、照れくささから少年の顔にほんのりと朱が差す。それに、と王子は続けた。

「遠い異国では、剣術を教養として習うらしい。必ずしも剣術は人を傷付ける術ではない」
「へえ…」
「それにしても、僕を師に選ぶとは君も目が高い」

心なしかご機嫌なマルスを見て、ネスも自然とうきうきした気分になっていた。確かにマルスはいつも偉そうで、いちいちやることなすこと腹の立つ男だが、剣の腕前は確かなのだ。この手練れが集うスマッシュブラザーズにおいても、彼の強さは抜きん出ている部類に入る。他の剣士たちに指南する光景もよく目にしていればこそのネスの人選である。
――そりゃあ、いつも人を小馬鹿にしたような言動を取る王子に指南を仰ぐなど、ネスにしてみれば断腸の思いだったが。
本当はロイやリンク、或いは子リンに頼みたいところだったが、そもそも彼らに剣を指導しているのはマルスなのだ。ならば彼に直接頼むのがより確実で能率もいいというもの。しかしマルスはネスの予想に反し、憎まれ口こそ叩けど少年の申し出を馬鹿にしたりはしなかった。

「ロイやリンクは、どちらかというと本能で動く部類の人間だから、君のように理詰めで動く人間が、同じく理詰めで動く僕に教えを乞うたのは正解だね」
「まぁ、確かに…」
「はい、それじゃあこれが訓練用の剣。利き手は右でいいかい?」

屋敷の裏の雑木林の近く、適当に開けた閑地にて、ついにネスはマルスから木製の剣を手渡された。普段から木製バットを振り回す少年からしてみれば、それは慣れたはずの触り心地だったが、バットよりも遥かに長いリーチが重力を受けてずしりと重い。
同じく訓練用の剣を構えるマルスは、いつもよりもいくらか凛として頼れる感じだ。マルスは手の中でくるくると木刀を遊ばせながら言った。

「…さて。これから君に剣術を教える訳だが、一つ注意事項がある」
「う、うん」
「訓練中は、超能力で力の底上げするの禁止。訓練なんだから、しっかり体を使うこと。いいね」
「分かった」

素直に頷き、ネスは込み上げそうになる笑いを噛み殺した。自分の戦闘スタイルに不満がある訳でないが、やはり乱闘において剣士たちの殺陣は華やかである。自分がその中で同じく剣を振るう姿を想像して、ネスはわくわくとせざるを得ない。
そう、ネスが剣術指南を頼み込んだ理由はこれだった。

剣術が、かっこいいからだ。

背筋を伸ばし、胸を張り、重心を安定させて、視野を広く。
マルスの指導は剣術にとどまらず、戦闘全般に応用が利くように、とあらゆる分野に及んだ。体捌き、攻撃予測、定石となる戦術の立て方、人体の急所を的確に狙う集中力。
神経の研ぎ澄まし方は、口で説明の出来るもので無かったが、ネスはマルスの感覚をテレパシーを通じて知ることで、いち早くそれを会得していた。しかしそれには非常な気力を要する為に、その訓練の度にネスはへとへとになるのだった。

「体の小さいことは、損じゃない」

二日目の剣術の稽古の際に、マルスはネスの剣先を自分の喉元まで持ち上げて言った。

「リーチは短いが、その分腕を振る距離が短いから攻撃を繰り出す時間が少なくて済む。威力がなくても攻撃が急所に入ればいい。首とか、心臓とか。まぁ、訓練では禁じ手だが、実戦ならば文句も言われまい」
「ふぅん」
「勿論、体が大きければ、それだけ間合いも広いし、同じ一撃でもパワーが違うんだけどね」
「やっぱり小さいと不利なんじゃん」

ネスは素振りをしながらむくれる。そうかもね、とマルスは笑った。

「不利ならば不利なりに、そのハンデを埋める工夫が必要だ。例えば僕は他の剣士たちより力がない。正面から真っ向勝負をしたら負けてしまう」

しかしマルスは、全く他の戦士に引けを取らない。実際にはもっと小細工をしているが、と前置きしてからマルスは続けた。

「…だから狙うのは一撃必殺。体幹ではなく、急所を的確に斬る。やはり狙いやすいのは首だな」
「王子、首狙うの好きだよね」
「まぁ、経験に基づく知恵だね」

爽やかに言ってのける王子だが、つまり幾人と人を斬った結果、首を狙うのが一番能率がいいと気付いたのだろう。それに至るまでの過程を思うとぞっとしないではいられないネスだったが、当のマルスは呑気に今後の訓練スケジュールを立てていた。

「…ふむ、あまり長引くと間延びしてしまうから、期間は一週間としよう」
「…たった一週間で剣術が会得できるの?」
「出来る訳がないだろう。だが基礎は僕がたたき込んでやる。覚悟したまえ」

マルスが微笑む。ネスはこれから始まる地獄の特訓の日々を思い、別な意味でぞっとするのであった。

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