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結局、ネスはべったりくっついて離れないマルスを連れて、その日を過ごすことになった。途中までは同情と義務感でネスを守ろうとしてくれていたロイも、年齢制限のかかるような事態が発生する心配はないとマリオに諭されると、「じゃ、あとは頼む」と爽やかに戦線を離脱してしまった。そんな彼を恨むまい、とネスは自分に言い聞かせる。ロイとて自分の身が可愛いだろう。いつマルスが正気を取り戻して、その怒りの矛先が彼に向かないとも限らない。
当然、その光景を見た仲間たちは驚きと恐怖の入り混じった目でネスたちを見た。

「え…すごい犯罪臭がするけど、大丈夫?」

そんな中、真剣に心配そうな声を出すのは子リンである。ネスは溜息を吐いて項垂れた。その横で「どうかしたのかい」と爽やかにマルスが問うた。

「アンタのせいだよ馬鹿王子…いや、本人にはまるで悪気がないらしいんだよね。この通り」
「ネス君!溜息ばかり吐いていたら、幸せが逃げてしまうよ!僕は君の隣にいられるだけで幸せだから、僕の幸せを分けてあげようか」
「…鬼のようにうざいね」
「だろ?これを今朝からやられて」
「ネス君ネス君!!よかったら僕の膝の上においでよ!!」
「アンタうっさいな!!静かにしろッ」

子リンとの会話の最中も、腑抜けた声で合いの手を入れてくるマルス。ついに我慢しきれずネスは怒鳴り散らすが、マルスは少しも堪えた様子がなく「怒った顔も可愛いねぇ」と反論。ネスが言葉を失って沈黙すると、子リンがしみじみと呟いた。

「王子の本気の求愛って、こんな風になるんだ」
「求愛とか言わないで!!」

ネスの悲痛な叫びは、屋敷中に響き渡ったとかそうでないとか。

「ネス君ネス君!!ごはんの時間だよ、僕の隣においでよ!」
「うっざいな!!自分の席くらい自分で決めるよ!」
「ネスー、もうマルスの隣しか空いてないよー」
「カービィ、お願いだから席変わって!!」

「ネス君ネス君、食後の歯磨きの時間だね!僕が膝枕して磨いてあげるからこっちにおいでよ!」
「それくらい自分でやるっつの!」
「だめだよネス君、もし虫歯にでもなったら、痛いのは僕じゃなくて君なんだから」
「ネス、あんまりマルスを邪険にしちゃ可哀想よ」
「ピーチ姫!あの馬鹿王子を甘やかさないで!!」

「ネス君ネス君、どこに行くんだい?僕も一緒に行くよ!」
「あーうっさいな!トイレだよ付いてくんなッ」
「もちろん僕も一緒に行くよ!!連れションってやつだね!!」
「あああああすごく邪魔!!」

「ネス君ネス君!おやつの時間だね!僕の分のプリンはいるかい?僕が食べさせてあげようか?」
「スプーンにすくってこっちに寄越すな!!それはいらん。残ったプリンはもらう」

「ネス君ネス君、お昼寝の時間だよ!!僕の部屋においでよ。僕があっためてあげr」
「PKファイヤアアアアア!!!」

「ネス君、疲れてるみたいだね」

陽もとっぷりと暮れたころ、ぐったりとソファにもたれるネスを見てマルスが心配そうに問う。もはや怒る気も失せたネスは、「アンタのせいだ」と叫ぶ元気もない。どうせ怒鳴らずともマルスはネスに目線を合わせて腰を折るのだ。――忌々しいことに。ネスはぼそぼそと囁いた。

「…豹変し過ぎなんだよアンタ…対応に困るっつーの」
「対応も何も。今のままでいいよ。照れる君も可愛いからね」
「――ぶっ飛ばすよ」
「お手柔らかにね」

ははは、といつもより明るく答えるマルス。ネスは再度溜息を吐く。張り合いが無い。言葉の全てに毒が無い。――不気味だ。
ネスはマルスという人間を、それなりに評価している。辛く長い戦争を乗り越え、心に深い闇を抱え、しかし絶望せず凛として立つ彼のことを、――本人には口が裂けても言いたくないが――尊敬すらしているのだ。いつも余裕のある風な笑みで世界を見下ろし、その実誰よりも遠く広くを見渡している。こうなりたい、と思ったことも少なからずあるほどに。
故に、時々見せられる無邪気なマルスの表情が不安でしょうがなかった。彼が彼でないような、否、恐らく無邪気なマルスも彼の人格の一つであろうが、少なくともそれは、ネスの知る“この世界に来てからのマルス”ではない。
この感情をなんと呼ぶのか、ネスは既に理解している。これは、甘えだ。
ネスはマルスを――これもまた認めたくはないが――頼れるオトナとして認識している。いつでも余裕で、求めれば必ず解決策を示してくれる。そんな完璧なマルスの弱みを見たくないから、目を背けてしまうのだ。強くあって欲しい、寄る辺であって欲しいという身勝手な依存の為に。

「…正直に言うと、僕は子供が苦手だ」

そんなネスの自己嫌悪に陥りそうな思考をぶった切って、マルスが言った。ネスが顔を上げると、マルスもまたネスの隣に腰を下ろし、目を閉じて続けた。

「君に会ったばかりの頃は距離を測りかねていたし、今もまだ接し方が正しいのか悩むことがままある」
「…へぇ」
「僕は君とどう付き合えばいいのだろう。べったべたに甘やかす?共に闘う仲間として厳しく指導?それとも兄弟のような仲に?或いは親のように君を導き成長を見守っていくのがいいのかな」

いたって真剣な表情で、マルスがネスを覗き込んでくる。あ、とネスは気付く。これは本気で気を遣われている顔だ。戸惑うネスを案じ、これまたストレートに要望を聞いてきたのだ。
ネスは黙りこくる。どうありたいのだろう。さっきは頼りたいと思った。でも本当にそれだけでいいのか。頼れるオトナであって欲しいとは勿論思う。思うが――

「僕はアンタと対等でいたいよ」

つり合わないのは重々承知。だが、それがどうした。ここはスマッシュブラザーズ。かつての世界の武勇伝も、或いは極悪非道な行いも、ここでは一切が関係ない。

「ともだち…でいいんじゃないの」

出来ることなら、自分も彼を支えたい。リンクやロイのように背中を預かることはまだ無理かもしれないが、それでも。

マルスからの返答はない。恐る恐るネスが王子の表情を窺うと、口元を押さえて震えている。一瞬笑われているのかと思ったがそうではない。
マルスは、大きく見開いた目に感動の涙を浮かべ、歓喜の表情で立ち上がった。

「ネ…ネス君が…ッ!!僕を友達と呼んでくれた…嗚呼、今日は素晴らしい日だ!!!」
「アンタまだそのややこしい症状ひきずってたの!?…ってどこ行くの!?」

ともすれば、突然走り出した王子を、ネスが慌てて引き止める。嫌な予感しかしない。
マルスは振り返り、これ以上ない良い笑顔で答えた。

「ネス君が僕を友達だと言い切ってくれたってみんなに自慢したいんだ!ちょっと行ってくるよ!」
「待て待て待てェェェェ!!!」

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