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「う、うわあああああ」

屋敷に響く高らかな絶叫。ここスマッシュブラザーズの集う白亜の屋敷においては別段珍しくもないことではあるが、とりあえず、悲鳴を聞き付けたロイが急き込んだ様子でいましがた悲鳴を上げたネスに駆け寄った。ネスは自室の前で尻もちを付き、幽霊でも見たかのような蒼白な顔で開け放たれた自室のドアを凝視している。

「どうした、何があった!?」

慌ててその肩をロイが抱き起こし、状況を問う。ネスは無言で腕を伸ばし、震える指先でドアの先、部屋の中を指差した。その先に視線をやり、ロイもまた目を剥いて固まる。
部屋の中には、先客がいた。細身の青年、名をマルスという。
彼は胡散臭いほどに爽やかな笑みを振りまき、両手を広げ、にこやかに告げた。

「さぁ、ネス君!!遠慮はいらない。僕の腕の中に飛び込んでおいで!!」

きっかり3秒、沈黙があり、ネスとロイは安い洋画のホラー場面よろしく、声を揃えて悲鳴を上げた。

***

廊下に情けなく尻もちをついたままの二人が我に返ったのは、マルスが部屋の敷居を越えて廊下に出てきたときだった。そこでネスはなんとか衝撃から立ち直り、いつものようにマルスに食ってかかった。

「な、なんでアンタが僕の部屋にいるんだよ!?それに気色悪いこと言って、どっかで頭でもぶった?!」

すると罵られたはずのマルスは、しかし三日ぶりに餌をもらった犬のように顔を輝かせ、元気良く答えた。

「嗚呼、ネス君!僕の心配をしてくれるんだね!!なんて優しい!!僕は嬉しいよ!」
「うっさいな!気持ち悪いことほざくな!!」
「気に障ったのなら謝るよ。けど僕は自分の気持ちに嘘は吐けなくて」
「……ひッ」

ネスは常より早く口論を切り上げて後ずさった。否、マルスに敵対心がないから口論とは言えまい。そのまま彼は茫然とするロイの後ろに隠れた。ロイにしてもネスと大同小異の反応だったが、それでも赤毛の公子は勇気を振り絞って王子に進言した。

「マルス…少し冗談が過ぎるぞ。ネスが怖がってるじゃないか。俺も今はお前が怖えよ」
「怖い?何故かな、僕がなにかしたかい?」
「不法侵入」

ロイの陰からネスが囁く。マルスは少年の目線に合わせるように上体を屈めてにこやかに笑った。

「ああ、勝手に入ってごめんね。君の帰りを待っていたから」
「ねぇ、さっきから王子の日本語おかしい気がするんだけど。僕の帰りを王子が待つ理由も分かんないし、それが部屋に押し入る因果関係と結びつかない」
「ネス、多分お前が正しい。俺もマルスの言ってることが理解できねえ」

いよいよロイはネスを庇うように廊下を壁伝いにじりじりと逃げていく。が、当然それを許すマルスでない。彼はにこやかに、爽やかに、微笑を浮かべながら、しかし大股にロイたちを追う。

「なんで逃げるのかな。僕はネス君とお話がしたいだけなんだけど」
「こ…怖!!意味が分からない!笑顔が余計に怖い!」
「さ、ネス君。そんなところに隠れていないでこっちにおいで。そして僕にほっぺをぷにぷにさせてくれ」
「ネス、ここは俺が食い止める!!お前は人が多いところに逃げるんだ!今のマルスは正気じゃないッ」
「ロ、ロイを一人にして逃げるなんてできないよ!」

もう傍から見たら、悪役(マルス)が主人公(ロイ)とその弟(ネス)を追い詰めて、その毒牙にかけようとしている風にしか見えない。いよいよ逃げ場を失ったロイとネスが、コーナーに追い詰められて、壁ドンよろしくマルスが退路を塞ぐ。ロイを見下ろして、王子はやや不機嫌そうに言った。

「ロイ、邪魔しないでくれるかい」
「ど…おま、ネスをどうする気だ!?答えによっちゃ俺も本気で抵抗するぞ!!」
「どうするか、だって?」

封印の剣に手をかけ、抜刀寸前状態でロイが吠える。一方マルスは愚問だとでも言うように失笑をもらした。

「勿論!!ぎゅっと抱きしめてその高めの体温で暖をとったあと、そのすべすべもちもちのほっぺに頬擦りしたり指先で突いたりして弾力を楽しみ、そのあとは二人で絵本を読んだりゲームをしたりして楽しいときを過ごしてあったかいミルクを飲んだあとはふかふかのベッドで仲良く眠るのさ!!」
「いぃぃやッ!!」

直後、ロイの封印の剣が火を噴いた。

***

「「媚薬う??」」

ロイの横スマッシュがクリティカルヒットして、床に伸びてしまったマルスを抱えてやってきた医務室で、ネスとロイは再び声をそろえて聞き返した。苦笑するのはリンク、その横には同じく苦笑を見せるマリオがいる。ネスはロイとともに抱えていたマルスを床に投げ捨て、金切り声を上げた。

「なにヘラヘラしてんだヤブ医者ァ!!どうせアンタが作ったヤバいクスリなんだろ!人様に迷惑かけてる自覚あんのかッ」
「ネ、ネス。マリオを怒らないでください。今回は私に非があるのです」

が、意外にもそれをリンクが庇う。それで一旦落ち着いたネスは、しかし据わった目でリンクをも睨む。リンクは面目ないお話ですが、と前置きして続けた。

「私が頼んで作ってもらったんです。――ガノンドロフに一泡吹かせてやろうと思いまして」
「…お前も大概やることがえげつないよな」

ロイの指摘に、リンクは「今思えば、そうだったかもしれません」と項垂れた。不慮の事故だったんだ、と悪びれる様子のないマリオは淡々と効能の説明を続けた。

「効果は半日だ。刷り込み式に恋慕の情というより、親愛が強く出る。俺たちの計画としては、ガノンドロフがピカチュウあたりの小動物にでれでれしてくれたら面白いかなぁーと思ってたんだけど、間違えてマルスが飲んじゃってさ」
「…依然、腹は立つ…けど、ピカチュウにデレるおじさんは見たかったかも…」

ネスは怒れる拳のやり場を失って地団太を踏んだ。
と、ここで散々な扱いを受けていたマルスが目を覚ました。ロイが報復を恐れて盛大に後ずさったが、彼はそんなロイを視認しても文句の一つも言わず、真っ先にネスを見つけて黄色い声を上げた。

「わあ、ネス君!!目が覚めて一番に視界に入ったのが君だなんて、今日はなんて運がいいんだろう!」

マリオ、リンクが同時に吹き出す。やはりネスは、一度は下ろした制裁の拳を再び振り上げたのだった。

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