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言われた場所に来てみると、大使館の広い庭は鳥の天人に埋め尽くされ、その中心に立てられた一本の丸太に十くらいの子供が縛り付けられていた。その全身緑の妖精のようなファンタジーな恰好はおよそ江戸風ではなく、どことなく既視感を覚えるものだったが、天人たちが怒号と共に子供に罵声を浴びせかけ、石やらゴミやらを投げ付けているのは、胸糞悪くなる光景だった。

「おぉ、真選組の者か。待っておったぞ!」

車から降りるなり、大使と思われる鳥の天人が駆け寄ってくる。襲われたという怪我の為か、頭に包帯を巻いていたが、同情する気には到底なれなかった。

「私刑は禁じられてるはずですがね」

広場の方をしゃくって言えば、鳥頭はしれっと答えた。

「子供だとて油断ならぬぞ。あれが儂の頭をかち割ろうとしたのだ!」
「…じゃあ、犯人はもう捕まって…」
「それが、もう一人。ゴリラのような男がいまだ捕まっておらぬ」

ゴリラ?もしやうちの局長のことでは。いやまさか。なにより悪を憎むあの人にそんなことは出来やしない。
もう一度、広場を見る。縛られた子供は心なしかぐったりして見える。
俺はいまだ狼藉者の恐怖を語って聞かせようとする大使を無視して、付き添いに連れてきた隊士二人に指示を下した。

「あのガキをこっちで拘束しておけ。あのままじゃ死んじまいまさァ」
「はっ」
「ちょ、ちょっと待て!あの者はこの儂に手を上げたのじゃ。見せしめにここに吊しておけば、片割れも直に現れよう。そこをぬしらが捕まえればよい!」
「婆土(ばあど)大使」

俺は、にっこりと――そう見えるよう努力したつもりだが、天人も部下の隊士も怖じ気づいた様子で後ずさった――笑って首を傾げた。

「浪士の逮捕は俺たちに任しておくんなせェ。頭かち割られたくなかったら、アンタは大使館の中で仲間のひよっこたちと震えてればいい」
「ぶっ、無礼な…ッ」

大使の方は何か言いたげに嘴をカチカチと鳴らしたが、俺は部下に短く「行け」と促す。結局、天人たちは、地球人は野蛮だなんだとピーチクパーチク不満を垂れながら、大使館の中へと引っ込んでいった。

広場の中心に磔にされていた子供は、年端も行かぬ少年だった。磔にされていた間終始閉じられていた瞳は、しかし丸太から下ろされると大きく見開かれてこちらを見上げる。その様はどこか猫を彷彿とさせた。

「助けてくれたの?」

少年が問う。どうだかねェ、と俺は肩を竦めた。

「あんな鳥頭でも俺らの上司になるんでね。それをてめーが怪我させた。それなりの処罰を与えなきゃ上も納得しねーだろ」
「悪いのはあの鳥頭の方だよ!」

少年が憤慨した様子で地団駄を踏む。頭に乗った長い緑の帽子がぱたぱたと揺れた。

「あの人、僕より小さな子供を下らない理由で殴ったんだ!それも何発も。許せない!」
「(大方そんなこったろうと思ってたがな)…で、てめーの他にもう一人いるらしいじゃねえか。そいつはどこだ?」
「アイクのこと?僕にも分からないよ」

聞き慣れない音の羅列が少年の口から零れる。江戸の人間ではないのだろうか。そういえば、あの蒼い野郎も聞き慣れない音の名前であった。
なんだか嫌な予感がした。

「…おめー、名前は何ていうんだ」
「僕はリンク!…あ、でもみんなはトゥーンって呼ぶよ」

リンクといえば、あの狼の名前ではなかったか。ピカチュウなるぬいぐるみもどきと共に江戸城に侵入したという、あのリンク?
しかしこの少年はおよそあの狼とは似ても似つかない。いや、そもそも何故狼とこの少年を重ねているのか――少し悩んで、馬鹿らしくなって考えるのを止めた。

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