日記47
「何?演劇をやることになった?言っておくが僕は主役しかやらない。でなきゃ演劇には出ない!」
「…演劇だと?戯けたことを…あー分かった泣くな小鼠、やればいいのだろう。何でもいいから出番の少ない役にしてくれ」
***
「…という訳で、今回の演目“白雪姫”の配役は、白雪姫がマルス、王子がガノンドロフに決まった」
食堂に会したメンバーに向かってそう宣ってくれたのはマリオ。それに応えるメンバーの表情は限りなく無に近い。それもそのはず、あまりに酷い配役である。
主役がいいとは言ったものの、まさか女形になろうとは思いもよらないマルスが声を上げた。
「ちょっと待ってくれ、白雪姫だなんて聞いてない。役を替えてくれないか」
「確かに俺も出番がない方がいいと言ったが、王子役などまっぴらだ。替えろ」
マルスが不平を述べると同時、ガノンも口を開く。マリオは「えー…もう全部の配役決まってるし…」と呟いた後、閃いた!というように表情を明るくした。
「そうだ!だったらマルスが王子で、ガノンドロフが白雪姫に…」
「「それだけはやめて」」
結局、当初の配役通り、演劇が行われることになる。
***
「っていうか、そもそも何の為の劇なんだ?」
舞台裏で衣装に着替えるロイが、同じく衣装に着替え途中のリンクに問う。嗚呼、と頷いてリンクは答えた。
「例によってマスターの思い付きだそうで。観客はアシストの皆さんとザコ敵だとか」
「完全に身内だけの道楽だな…」
がっくりと肩を落とすロイ。分かりやすくやる気の無くなった彼の肩を、リンクは慰めるように叩いた。
「飽きっぽいマスターのことです。今回限りと思って楽しみましょう。…ロイは何の役で?」
「…小人」
「……」
ロイの憂鬱の一端を垣間見たリンクであった。
と、そんな彼らの暗い雰囲気を吹き飛ばすように、にわかに舞台裏が騒がしくなる。何事かと視線を巡らせると、そこにはやけに興奮気味なピーチとゼルダの姿が。その間には彼らの見知らぬ長身の女性が、幾分やつれた様子で立っていた。
ピーチは上から下まで舐め回すようにその女性を眺め、満足げに息を吐いた。
「あああ…思ってた通り、いえそれ以上だわ!マルス、アナタにこのドレスぴったりよ」
あぁ、とリンクとロイはうなだれた。ピーチとゼルダに挟まれていたのは、女ではなくマルスだったのだ。薄い化粧だけでもうどこから見ても女性にしか見えない。珍しくマルスは悄然としていた。
「…屈辱だ…まさか女装させられる日が来るなんて」
「アナタ、いつだかに女装してたじゃない」
↑「ミュウツーと仲良くなり隊」参照
「あれはあくまで自主的に…」
それもどうかと思いますが…というリンクの一言は、幸いにしていっぱいいっぱいのマルスの耳には届かなかった。
いくら反論しても全く手応えのないピーチを前に既に擦り切れる寸前だったマルスの神経に、無情にも爽やか笑顔のゼルダがとどめを刺した。
「マルスさんは色白でお化粧もよく映えますわ。あんまり綺麗ですから、うっかりあの魔王に襲われないよう気を付けて下さいませ」
「―――」
もはや絶句するしかないマルス。さすがに気の毒だと思うロイたちではあったが、代わってやろうとは言う気になれなかった。
「お、別嬪さんがいると思ったらマルスじゃないか」
更に地雷を踏むのは小人の衣装に着替えたマリオ。しかし既に蓄積ダメージが999%なマルスには幸か不幸か効果がない。
マリオは束の間楽しげにピーチと談笑し、それからやや言いにくそうに肩を竦めた。
「しかし…ここまで白雪姫の完成度が高いと、少し王子が問題かも…」
「あら、そっちは上手くいってないの?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。ただ――」
「おい、ヒゲ」
マリオとピーチが話している間に、低い声が割って入る。ガノンドロフが来たのだ――と全員が声の主を振り返り、そしてマリオの歯切れの悪さに納得した。
ガノンドロフは、確かにおとなしく王子の衣装を着ていた。が、天井に届こうかという身長に筋肉の張り詰めた黒い肌、そして鋭い眼光を宿す厳めしい顔からは“王子”の二文字など到底連想されなかった。
というか、もうただの魔王である。
白雪姫と王子はしばしお互いの姿を見つめ合い、同時に溜め息を付いた。無論、恋に焦がれる為の溜め息などでは断じて、無い。
「…で、衣装に着替えたはいいが、台本はどこだ」
元より真面目な魔王は、他のメンバーのように衣装一つで浮かれたりしない。乗り気でなかった演劇にも、やるからにはベストを尽くすのだ。
ちなみにこの文の尺の関係で練習は一切しない。
「よーし、開演時間は一時間後!それまでに各自しっかりセリフを覚えてくれ」
「おー」
マリオの喝に気のない返事が方々から上がる。僕たち、まだ着替えなくて良かったんじゃない、というマルスの呟きは全く黙殺された。
***
練習がなかったにしては、彼らは驚くほど見事な演技を見せた。間の抜けたナレーションをするヨッシーに、ノリノリな女王役のゼルダ。やる気のない狩人役はリンクで、小人役のマリオ、ロイ、子リン、ネスたち…。
が、最後の最後、クライマックスの手前である白雪姫が毒リンゴをかじるシーンで事件が発生した。
それは、役にハマりきっていたゼルダが引き起こしたものだった。
「…う…っ」
毒リンゴをかじり、苦しげに胸を押さえた後倒れたマルスを残して、舞台から降りたゼルダは、舞台裏に来るなり慌てた様子で言った。
「大変ですわ、皆様聞いて下さい!」
「どうしました、ゼルダ」
すぐさまリンクが飛んでくる。ゼルダは今にも泣きそうになりながら続けた。
「私、私、演劇に没頭するあまり、本物の毒リンゴをマルスさんに食べさせてしまいましたわ」
「…は?」
一同は首を傾げる。ああ、もう、とゼルダはじれったそうに繰り返した。
「ですから、先程の毒リンゴを作るシーンで気合いを入れ過ぎて、本物の呪いの毒リンゴを作ってしまったんです!」
「じゃあマルスは今…」
「仮死状態です」
「そんな」
舞台裏にいたメンバーが不安そうに舞台を見る。シーンは既に魔王もとい王子の登場シーンになっていた。監督の役を買って出たピーチが、それでもなんとか劇を続行させようとゼルダを振り返る。
「その呪いはどうすれば解けるの?」
ゼルダは困ったように首を傾げた。
「それは、その…やはり、どなたかの口付けで」
「口付け…」
再び、舞台裏の全員の視線が舞台上に集まる。ちょうどガノンドロフが、棺に入った白雪姫を見付けて、その美しさをポエムにしているところだった。
「…とりあえず、ここまでやったからには劇を中止にしたくないわ。ガノンドロフとマルスには悪いけど、二人にはキスしてもらって、ハッピーエンドにもっていきましょ」
挙げ句、ピーチはこんなことを力説する。常時ならば通るはずもないその提案は、しかしこの演劇に対して妙に思い入れの出来てしまった(そして他人事であると確信している)メンバーたちにはすんなりと受け入れられた。
慌てて手書きのカンペを用意して、舞台袖からガノンドロフ(と小人たち)にその旨を伝える。果たして、舞台上の役者たちは全員残らず血の気の引いた顔で監督のピーチを見つめた。続く猛暑で頭やられたのか、と。
ガノンドロフからは傍目にも明らかな紫炎の不機嫌オーラが噴き出す。舞台上の小人は勿論、見ていた観客も何事かと肝を冷やした。
しかし、ここは力が物を言う世界、スマブラである。こうなることを予期していたピーチは、ゼルダとリンクを舞台の両袖に配置し、二人にとある指示を出していた。そんなビーチの指示に忠実に従うリンクとゼルダを見て、小人たち含め舞台上の役者たちはぎょっとする。二人は、舞台袖からガノンドロフを狙って光の矢を構えていたのだ。
***
力尽きたので続かない。
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