日記45(黄昏)

*時岡→黄昏の話
*主人公のリンクはムジュラリンクが大人になった子。つまり、魔物の血を飲んでほぼ不老不死状態。
*時代は黄昏の17年くらい前。黄昏リンクが生まれたところ
*本当捏造



「すまない」

組み敷いた女を見下ろして言えば、女はしかし嬉しげに首を振る。

「ううん…私、嬉しい。例え一時でも貴方のものになれるなら」
「でも、もし孕んだら、君の身体は――」
「本望よ。貴方の子を身篭もって死ねるのですもの」

そう答える女の顔があまりに晴れやかなので、俺は返す言葉を失った。ここまで想われて、尽くされて、俺は彼女に何を返せるというのか。

「貴方に魔物の血が流れていたって、貴方の手が血に染まっていたって、…そして、貴方の心が私になくたって…私は貴方を愛しているわ。リンク」
「…俺は、君に何を返せる…」
「何もいらない。だから、リンク…今だけは、私のリンクでいて…」

見知った人々は皆死んだ。それほどの年月が流れた。死なぬ自分は異端、この体を流れる魔物の血が俺を世の理から弾き出した。
勿論“彼女”も死んだ。俺が唯一愛し、今も想い続ける彼女。故に、俺はこの女を“女として”愛せなかった。
人間としては申し分ないし、好きだと思う。女もそれでいいと言った。二番目でもいい、ただそばにありたいと。

何度も何度も詫びながら、女を抱いた。

***

女は子を孕み、やがて我が子を見ずして衰弱して死んでいった。魔物の子を孕んだのだ。ただの人間である女の身体が耐えきれるはずもなかった。
子は、死んだ母親の腹から取り出された。衰弱しきった母とは打って変わって、健康そのものの子供であった。少ないながらも見えるくすんだ金髪は、自分より寧ろ母親に似ている。ふと違和感を感じて子供の手を見やると、その左手の甲に正三角形の紋章が浮かんでいた。
嗚呼。忌まわしき血だけでなく、こんなものまで受け継ぐなんて。

子供を連れて、俺は途方に暮れた。長年生きてきたが、赤ん坊の世話などしたことはない。何を食べさせればよいかも分からなかったが、子供は二週間水だけで過ごしてもピンピンしている。魔物の血がそうさせるのだろう。
しかし、さすがにそのままでは子供が死んでしまう。――いや、或いはこのまま死んでしまった方がいいのかも――?正三角を受け継ぐこの子供に、将来降り注ぐであろう受難を考えれば――

「何をしてる!」

鋭く背後から怒鳴られて、はっとした。気が付くと自分の手は子供の首を絞めていた。その手を離し、声の方を振り返ると、若い村人風の男がこちらに駆けてくるところだった。

「そんな赤ん坊になんてことを…!その子から離れろ!」
「…出来ない。俺の子だ」
「自分の子供を殺そうとする親がどこにいるっ?!」
「――…」

誠実そうな青年の言葉は耳に痛かった。親になった以上、俺はこの子供を守らねばならないはずなのだ。例えいかに困難な試練がその子に待ち構えていようと。
思っていたよりうなだれてみえたらしい俺を見て、青年は親切そうな目元に憐憫の色を滲ませた。

「何かあったのか?俺で良ければ話を聞く。…ああ、村まで来るといい。その子に山羊のミルクをあげよう」
「すまない」
「俺はモイという。お前の名前は?」

名を聞かれ、ふと己の左手甲を見る。今まであった正三角形の紋章は消えている。それもそのはず、それは我が子に受け継がれた。
つまり、俺は今ようやく“勇者”でなくなった訳だ。

「…俺に名はない。好きに呼んでくれ」

***

青年の住む村は、人口10人足らずの小さな農村だった。森を切り開いただけの自然そのままの姿と、その中心を流れる川のせせらぎが耳に心地よい。

「有志数人で作った村だ。まだ何もないが、なかなかだろう?」

青年が誇らしげに言う。俺は黙って頷いた。子供もここが気に入ったのか、座りの悪い首を動かそうと懸命にしている。
青年が大きめの家を訪ねると、体格の良い男がのしのしと現れる。彼らは二言三言言葉を交わし、ここで待っているようにと俺に言い残すと小高い丘の方へと早歩きで去っていった。
残された俺は、再び立ち尽くす。子供は相変わらず機嫌がいいようで、言葉にならない声を発している。遥か昔、自分にもそんな時期があったのだろうかとぼんやり思った。

「あら、可愛い赤ちゃん」

ぼんやりしていると、件の家から女が顔を出した。その腹が大きく張り出しているので、身重らしいことが分かる。女は自分の腹を撫でながら笑った。

「きっとイリアと仲良くなるわ。あなた、この村に新しく来た人でしょう?」
「いや…俺は――」
「嬉しいわ。またこれで村が賑やかになるわね」

屈託なく笑う女を前に、俺は訂正の言葉を失う。女は家の前の階段に腰を下ろし、その隣に座るよう俺に促した。

「その子、名前はなんていうの?」

隣に腰を下ろすと、女が子供の顔を覗き込みながら言う。女が指を差し出すと、子供は小さな手でそれを握った。

「…“リンク”、と」
「そう、リンク。いい名前ね。…あなた、まだだいぶ若いみたいだけど、この子のお父さん?」
「あぁ、まぁ…」
「大変ねぇ。奥さんは?」
「亡くした。病気で…」
「あら…ごめんなさい。こんな可愛い子を残して…お気の毒に…」

女は心底気の毒そうに眉尻を下げる。気まずい沈黙が流れて数秒、あぁと妙に明るい声を出して女が顔を上げる。その視線を辿ると、巨大な角を持った山羊を連れ、先の青年と男が坂を下りてくるところだった。

「こらこら!そこの若いの!うちの家内を誑かしてもらっちゃ困るぞ」

男の方が声を張り上げて言うと、女は気恥ずかしそうに「やぁね」と笑う。青年も苦笑するように肩をすくめた。
男は釘を刺すように俺を見た後、家からお碗をもってきてそれに山羊の乳を取る。それを俺に渡そうとすると、女が不満げな声を上げて止めた。

「だめよ、ボウ。ミルクは人肌に温めなくちゃ」
「む」
「いらっしゃいな、リンクちゃんも待ちわびてるでしょうから」

***

村は、ハイラルの東に位置する森の中にあった。かつてこの辺りにはコキリ族という森の種族が住み、精霊デクの樹がこの地を守護していたが、年々森は深さを増し、ついには外界の者が彼らを目にすることは叶わなくなった。
俺に関してはその限りでないが、そうとは知らない彼らがこの地を選んだのは全くの偶然であろう。しかし、彼らは運がいい。この村一帯は、ぎりぎりデクの樹の力が及ぶところである。平和であるのも当然という訳だ。

あれからなんだかんだと理由をつけて引き止められ、また子供の食事のこともあって俺は村に留まり続けていた。
青年モイはまたいつ俺が子供を殺そうとするか分からないから、との理由で俺を自分の家に泊めたがった。長居をするつもりのなかった俺は謹んでそれを辞退しようとしたが、俺が何か言うより早く、ボウを始めとする村人たちが俺たちの歓迎会を始めてしまい、もうどうにも引っ込みがつかなくなってしまった。

名前がないと言った俺を、村人は不審がるでもなく好き勝手に呼んだ。村人たちは、驚くほど親切だった。女たちは子供の世話を焼きたがったし、男たちは何かにつけて俺を家に招いた。ボウのところの子供が生まれてからは、ことさらボウの家に招かれる機会が増えた。
いつの間にか、すっかり俺は村の一員になっていた。

***

魔物の血が老いを止め、長寿を可能にしている為、実際俺はこの村の誰よりも年長者である。が、かなり若いうちから老いが止まってしまっていたので、村人たちの俺に対する認識は“若いの”だ。彼らが世話を焼きたがるのも、あるいはそのせいかもしれない。

子供は、既に一人で考えて動ける年になった。少し遅れて生まれたイリアと少し年上のファドとは、毎日楽しそうに遊んでいた。
ここに来たばかりの頃より村は大きくなり、山羊の数も増えた。また、俺はボウに頼まれて山羊の世話をしている。子供たちは山羊に構うのが好きなようで、しばしば丘の上の牧場に三人で足を運んでいた。

平和そのものの村ではあるが、不穏な影もあった。魔物が出るのだ。
とは言っても、村に出る訳でなく、夜、それも深夜近くに橋の向こうフィローネの方に数匹うろつくといった程度だが。
村人たちは気付いていないようなので、彼らが寝静まったあとに村に近付きそうな奴は斬った。それでも数が減るどころか増えているようで、我が子の手に現れた紋章の意味に気付いた。――魔王が復活したのだ。そしてその魔手がハイラルに迫る日も近いと。

魔物の数は増え、そのうち日が暮れるとどこからともなく姿を現すようになった。ようやく村人も異変に気付き、橋には門扉が設けられた。
好奇心旺盛な子供はよくその門をこっそりと越えていたようだが、叱ることはせずに身を護れるよう剣術を教えた。この子供を危険から遠ざけるのは、後のハイラルの為にならない。柄にもなく、父さんもお前くらいの年の頃には…と思い出話を子供に語って聞かせたこともあった。
子供に剣術を教えていると、それを見たモイも剣を教えて欲しいと言い出した。拒む理由もないのでモイと子供に剣技を教え込む。少なくとも魔物風情に遅れを取らぬよう。

「お前は不思議な奴だな」

いつか剣の稽古を終えたモイが言った。

「そんなに若いのに、どこで剣術なんて習ったんだ?しかも、人に教えられるくらい手練れときてる」
「俺は見た目より年寄りなんだ。…しかし、まぁ、そうだな。王国の騎士団にいたことはある」

もう何十年も前の話だが。
モイは感心したように溜め息をついて、それから視線を落として軽く笑みをこぼした。

「リンクも幸せだな。こんな立派な父さんに剣を教えてもらえて」
「…こんなろくでもない親を持って、俺はあいつが気の毒だ」
「謙遜するなよ」
「事実だ」

ぴしゃりと言い切ると、モイは困ったように肩を落とした。

***
地味にシリーズ化しつつあります。

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