日記44(アイマル)※暴力表現有


「くっ…苦し…っ」

あの生意気そうな顔が、俺の下で苦痛に歪んでいるのは、正直見ていて小気味良かった。

顔を合わせれば殺してやると喚いて斬りかかってくる王子が、鬱陶しくなかったかと言えば、それはそれは鬱陶しいことこの上なかった。餓鬼のような無邪気さとは不釣り合いに王子は凄腕の剣士で、俺は幾度となくその剣に殺されかけたのだから。
特別馬が合わない訳でもないし、何か恨まれるようなことをした訳でもない。ただ、一目会ったその瞬間から、俺はあの王子に異常なまでに毛嫌いされていた。

首を絞めた。普段はただ応戦するだけで、それ以上のことはしない俺だが、今日は周りに誰もいなかったし、今までの鬱憤を晴らす意味合いもあったかもしれない。
剣では俺を圧倒する王子も、力では俺にかなわない。王子の顔色がだんだん蒼白になっていくのを無感動に見下ろし、かすれた声で王子が助けを乞うのを聞いても、罪悪感より物足りなさが勝った。

もっとこの男を苦しめたい。

苦痛に歪む顔が見たい。恐怖に慄く顔が見たい。情け無い悲鳴が聞きたい。命乞いをさせたい。

果たしてそれが今までのことに対する報復なのか、それとも全く別な理由からなのかは俺自身にも分からない。ただ、王子を完膚無きまでに屈服させたかった。

「助けて欲しいか」

首を絞める手に力を込めながら聞けば、涙で潤んだ目を見開いて王子が俺を見返す。だらしなく開けられた口は何かを言う余裕すら無いらしく、俺の腕を引き剥がそうと爪を立てる王子の手が、力無くぱたりと落ちた。

限界か。

首から手を離してやる。すると王子はうつ伏せて危なっかしく咳き込んだ。ぜえぜえと肩を大きく上下させて、なんとか身体を支えようとする細い二の腕は震えている。
その弱々しい背中を見て、信じられないことに劣情が湧いた。僅かに見える首筋に、痛々しく浮いた青痣に興奮した。

「脆い」

俺が呟くと、恐る恐るといった様子で王子が振り返る。呼吸はだいぶ落ち着いたが、それでもまだ緊張しているせいか浅い息遣いが耳に付く。
俺から遠ざかろうと這って逃げる足を捕まえ、無理矢理に引き倒す。それでもまだ逃げようとするので、髪を掴んで地面に押さえ付けた。

「ひっ…ゆ、許して…ッ」

するととうとう、王子が泣き出して許しを乞うた。いつもの強気の態度はどこへやら、情け無いなと鼻で笑えば、ごめんなさいと泣きながらに謝る。
いつもの俺なら、ここで王子を解放して、やり過ぎた、悪かったと詫びの一つも入れていたことだろう。しかし、今日は何故かそんな気が微塵も起きない。王子が弱気になればなるほど、もっと追い詰めてやりたくなった。

酔っているのかもしれない。

無論、酒ではない。この王子に、である。

「この程度で許してもらえると思うか?」

地面に這い蹲るようにしている王子の上に覆い被さり、地面に押さえ付けた青い後頭部を見下ろす。王子の身体は震えていた。歯の根も合わない程に本気で怯えている。
そのことに気付くと、笑いが止まらなかった。

月は高く、夜はますます更けていく。

「嗚呼…王子。今ならお前のことが好きになれそうだ」

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