日記41(バトロワパロ)

「なんなんだよ、ったく…!」

腕の傷を庇いながら、じぐざぐと方向を変えて森の中を逃げる。追って来る者の姿は無かったが、隠しようのない殺気が辺りに張り詰めていた。手の平が汗ばむ。なんとも嫌な汗である。
しばらく走り続け、体力の限界を感じた頃にようやく立ち止まる。人間よりも遥かに優れた聴力を研ぎ澄ませる為にピンと耳を立てれば、少なくとも周囲に脅威は感じられなかった。撒いたのだ。
安堵と共に地面に倒れ込む。撃たれた左肘がじくじくと熱を持って痛んだ。

地面にだらしなく倒れたまま、止血のために二の腕あたりを、裂いた衣服の切れ端で縛る。そんな中でぼんやりと、俺を襲った犯人に思いを馳せた。
亡国の王子、マルス。
真っ先に思うのが、何かの間違いだということだ。今回、バトルロワイヤルと名付けられたこのふざけた遊戯に、最も参画しないであろう――つまり、一番信用出来るだろう――と思っていたのが、このマルスであったのだから。
だが、現実はどうか。あの王子はにこにこと笑って、俺に拳銃を向けたのだ。曰わく、「ちょっと死んでくれるかい」と。冗談だろうか、と訝しむ間すらなく、王子は引き金を引いた。
それが王子の得物であったならば、俺はまず間違いなく死んでいただろう。だが、幸か不幸か文明の利器に疎い王子が手にしていたのは、科学の賜物である拳銃で、不意打ちで放たれた凶弾にも関わらず、それは俺の肘を掠めるにとどまったのだった。

「誰も信用出来ねぇじゃねえか…」

使うことはないと思っていた支給品のスタンガンを握る。マルスでさえああなのだから、もしかしたら他のみんなもこの殺し合いに乗っているのでは…。

「クソが…」

この過酷な状況に加えて、仲間を疑わねばならないという精神的負担、そして何より肉体的疲労が俺から鋭気を削ぎ落としていく。しまいには物を考えるのが億劫になって、俺はそのままとろとろと浅い眠りに落ちた。



「…い、おい。起きろ、死んでるのか」

「ん…?」

いつの間にか深く寝入っていた俺は、誰かに揺すり起こされる。突然意識が覚醒して、身の毛がよだつ。誰だ、まさか、敵か!
跳ね起きて誰かの手を払いのけ、スタンガンを握った右手を威嚇するように突き出す。その誰かは仰け反って、うろたえた様子で声を上げた。

「ぉ落ち着けェ!俺はお前に危害を加える気はない!」

「ぬ…スネークか」

ようやく辺りの状況を把握するに至り、俺はスタンガンを下ろす。俺を起こしたのは、迷彩服を着込んだ無精髭(なんだかオシャレなんだか)の男、スネークだった。
スネークは俺の態度の軟化を知るや、苦笑して地面に腰を下ろした。俺もそれに倣って座り込む。再びどっと疲れたようだった。

「その様子じゃ、仲間内に裏切り者が出たようだな。きちんと消毒したか」

「いや、いきなり襲われて、荷物は置いてきた」

「そうか。ろくな手当ては出来んが、しないよりマシだろう。傷を見せてみろ」

「すまん」

スネークは手際よく俺の傷を調べ、水で洗って清潔な布で止血してくれた。どうやら弾は貫通していたようで、しかしこれから先3日間このままというのも気が遠くなる思いだった。
俺が耳を垂れてしょげ返っていると、スネークは急に真面目くさって声のトーンを落とした。

「ところで、だ」

「うん?」

「誰にやられた」

黙り込む。スネークの問いももっともだが、未だに俺は、マルスがあんなことをするとは信じられなかった。もしかしたら、あれはマルスのフリをした偽物かもしれない。いや、しかし――

「…マルスに、やられた」

「…何?」

スネークも驚いたように目を見開く。俺は俯いて無事な方の手で膝を抱えた。

[ 36/143 ]

[*prev] [next#]


[←main]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -