日記40(時オカ)


とりあえず、なんだこれはと言いたかった。

目の前に広がるは、大地を裂くように鎮座するゲルドの谷。そしてそこにかかっているはずのゲルドとハイラルを唯一繋ぐ橋が、無惨にも崩落していた。

「いつからだ」

低く唸るように背後に控えるゲルド女に問う。女は恐縮しきった様子で答えた。

「今朝見張りの交代が来た時には既に。深夜の見張りの者がいましたが、何者かに気絶させられたそうで、有益な情報は何も」

この橋の見張りをしていたという女は、ゲルドの中でも腕の立つ部類の女だった。特にハイラルに面するこの地は警戒に値する。――そのハイラルに戦争をふっかけようとしている身としては尚更。

「ハイラル兵の仕業やもしれん。これで我々はハイラルへの遠征はおろか、物資の供給すらままならなくなった」

ゲルドはその領地の大半を不毛な砂漠が占める。ハイラルには及ばずとも広大な領地を持つことを目下許されていたのは、そこが殆ど使い道のない砂の塊だったからだ。それでも不毛の地でゲルドが生活し続けていられたのは、ハイラルから仕入れる(あるいは略奪した)物資があればこそである。

「まさか我々の計画がばれた訳でもあるまい。だが自然に落ちたとも見えぬ。…何故こうも上手く行かぬ」

何もかもが計画とは齟齬が生じていた。下げたくもない頭を下げ、ハイラルに恭順の姿勢を示し、傅く恥辱に耐えたのは、後にこのハイラルの肥沃な土地が己の手に入ると信ずればこそ。あわよくばハイラルのどこかに眠るとされる神の力とやらも手に入れて、世界の覇者たらんとしたのは決して絵空事ではなかったはずだ。
さらに言えば、その神の力と通ずる精霊石集めも上手くいっていなかった。各部族の抵抗は未だ強く、放った魔物からも連絡が途絶えた。

「まだガノンドロフ様の野望が潰えた訳ではございません。橋など数日あれば直りましょう」

よほど気落ちした風に見えたか、ゲルド女が心配そうに声をかけてくる。こんな一介の兵に気遣われるとは、我ながら情けなかった。

「案ずるな。このままでは終わらせぬ」

***

奇妙な来訪者があったのは、その翌日の夜更けのことであった。何やら表が騒がしいと寝室から顔を出すと、警備兵が床で伸びている。侵入者か、と剣を引っ提げ飛び出すと、それを子供の声が出迎えた。

「あ、いた」

己の腰ほどもない幼い子供は、いつか城でみた森の使者だった。金の髪と緑衣を纏い、あどけない顔が俺を見上げて傾ぐ。

「近くで見るとまたでっかいなぁ。…あ、そんなことより」

今更ながら、子供が短剣程の長さの剣を握っていることに気が付いた。そんな玩具のような武器には警戒心すら芽生えないが、何故だかこの子供自体に得体の知れないものを感じた。
子供ははんなりと笑んで目を細めた。

「少し、お話しよう?」

抜刀する。あまりにこの子供はおかしかった。普通ではない、なんてものではない。異常だ。
子供は自分の背丈より長い長剣を向けられ、平然と笑ってのけた。

「砂の王は気が短いね。子供の戯れ言に本気で怒る?」
「…貴様がただの子供なら、な。どこから入った?」
「正面から」
「誰に言われた?」
「誰にも」

子供は底の見えない笑みを浮かべたまま俺を見上げる。ゲルドの砦の最奥にある俺の寝室に、正面から入るなど正気の沙汰ではない。ここに辿り着くまでには迷路のような砦を抜け、かつ幾多の見張りの兵の目をかいくぐらなければならない。
一瞬、この子供の他に協力者が――それも相当の手練れが複数人――いるのではと辺りの気配を探ったが、子供はそれを見るや心外そうに口先を尖らせた。

「失礼しちゃうな。僕はあんたに敬意を払って単身ここに乗り込んだ。邪魔者が来ないように橋まで落とした。あんたに会う為にね」

この砂漠の王をあんた呼ばわりするとは、他のゲルド女が聞いたら卒倒するだろう。しかも橋を落としたのは子供の仕業だという。もう驚くことすら面倒になる。
とてもその口振りからは敬意を払っているようには見えないが、子供は剣を鞘に収め、睨み付けるように俺を見据えた。

「魔盗賊ガノンドロフ。そして後の魔王ガノンドロフ。落ち着いて聞け。このままハイラルを攻めれば、あんたは死ぬ」
「…は」

何もかもが理解の範疇を超えていた。この子供は何を言っている。
子供は少しく不快そうに眉をひそめた。

「ハイラルを裏切るつもりでしょう?ゼルダから時のオカリナを奪う気でもある…でも無駄だよ。ハイラル王は既にあんたに恭順の意思のないことを知っている。それにもしハイラル王は殺せて、時の扉は開いても、トライフォースはあんたの手には渡らない」
「…何を知っている」
「全てを、さ」

ぞっと背筋が粟立った。悪寒がしたのなど何年ぶりだろうか。
その悪寒の原因たる子供は、耳まで裂けそうな程に口角を吊り上げ、悪魔のような笑みを浮かべた。

「改めて名乗るよ。僕はリンク。時の勇者。そして、勇気のトライフォース継承者だ」

***
続かない。

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