日記39(アイマル)
「どうした」
「…何が?」
問いに問いで返すのもどうかと思ったが、咄嗟に口を開いたので気の利いた言葉などでるはずもなく。
彼は呆れたように頭を掻き、それから僕の右腕を指差した。
「さっきから動きがぎこちない気がした。怪我でもしてるのか」
「君に心配されるほどじゃないよ。アイクは自分の心配を…」
「マルス」
話をはぐらかそうと愛想笑いを浮かべてみるが、こういう時に限って彼は鋭い。後ずさる僕の腕を捕まえて、確かめるように握る。
このとき僕は迂闊にも彼を出し抜けたと思った。幸い、ここは暗い遺跡内部。その上彼は僕が腕を怪我したと思っているのだ。ならば僕はこの弱みを隠し通せるだろう、と――
「…っつ!」
「…手の平か」
だから、まさか握る剣に隠れたこの怪我を見つけられるとは予想外だった。僕の手からファルシオンを取り上げ、松明の下で怪我を確認した彼は、再び呆れた様子で溜息を吐いた。
「ざっくり切れてる。これでよく剣が握れたな」
「大したことないんだ。本当に」
「だが動きは鈍っている」
「う」
痛いところを突かれた。実際怪我自体ほ本当に大したことはない。痛みも慣れたから戦闘に支障はない。ただ流れ出る血で剣が滑った。
彼はしばらく僕の手の平を見つめ、それから徐に自分のマントの裾を千切った。
「あ、何を…」
「応急処置だが、無いよりはマシだろう」
そして、彼はその布切れを僕の手に巻き付けた。お世辞にも綺麗とは言えない巻き付け方で、剣を握るのは逆に苦労した。
しかたなく、もう一度自分で巻き直す。その際に自分の手に剣を縛り付けておいた。これなら剣も滑らないだろう。
「すまん、細かいのが苦手でな」
しおらしく謝る彼がなんだかおかしかった。
「いいよ、さっきより楽だから」
「俺が」
唐突に彼の声のトーンが下がった。僕より少し高い位置にある彼の顔を見上げると、彼は困ったように眉をハの字に下げた。
「…もっと強ければ、お前にこんな無茶をさせることもないのにな」
「…アイク」
彼が、僕を守ってくれていることは知っている。常に、様々な面で、僕に気を遣っていることも。
それが彼が僕に向ける好意であることも。
でもね。
「今のは僕に対する侮辱だ。僕は君の荷物になる気はない」
僕らは常に対等であるのだ。例えそれが好意であっても、僕には譲れないものがある。
「守られるばっかりは、嫌だ」
彼は一瞬呆けた顔をして、それから納得したのか頷いた。
「馬鹿なことを言った。すまん」
「分かればいいさ」
「だが」
「?」
「たまには格好をつけさせて欲しい」
あまり聞かない彼の見栄に、思わず噴き出す。笑うな、と憤慨する彼には悪いが、しばらく笑いは引きそうにない。
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