Twitter3(2の続き)

仲悪アイマル更に続き

幸い、背中から落ちた地面には背丈以上の雪が降り積もっていて、俺はマルスを抱えるようにしてその中へと吸い込まれた。細かな雪の粒が服の隙間から中に入って、肌に触れるそれが不快なほどに冷たい。口の中で急速に融けた雪が水に変わり、思わず俺は唾と一緒にそれを吐き出す。
とはいえ、落ちた距離は少なくなかった。大乱闘の競技ステージは遥か彼方見上げる先にあり、これを歩いて戻ることは特別な道具がない限りは困難に思われた。しかも、そのステージの一角が見えたのは一瞬で、瞬きする間にまた吹雪が視界を埋め尽くし、俺とマルスは右も左も分からない雪山でポツンと取り残された。
停電さえ復旧すれば、俺たちを捜索する仲間たちの助けが望めるだろうが、それはすぐに訪れるものではないことは明白だった。呆然と周りの白い景色を見渡すマルスの頭にみるみる大粒の雪が積もるのを見て、俺は意を決した。
「…ここでぼんやりしていたら凍死する。雪を凌げる場所を探す」
提案というより独り言に近かった。別に同行を申し出た訳ではない。マルスが嫌なら、2人で別々に目的の場所を探せばいいと思った。だが、マルスは1つ頷くと、そのまま俺の後を付いてきた。それを指摘するのも憚られて、俺は当てもなく一面白い景色の中を大股で歩き始めた。
吹き荒ぶ風と雪が顔に当たり、突き刺すような寒さが痛さに変わる。思わず腕で顔を覆う。妙に目を開けているのが辛いと思ったら、睫毛が凍っていた。それなりに体格のいい俺でさえここまで歩くのに苦労しているのだ。細いマルスなど吹雪に飛ばされているのではないか。ふと思い立って振り返ると、そこにマルスの姿は無かった。
まず最初に、やはりーーと思った。俺に付いてきたところで、あいつにとって気の休まることはないだろう。ひとまず風を凌げる場所が探せるなら、無理に二人で行動する必要はない。マルスはさっさと俺を見限って、要領良く身を隠せる場所を確保したのだーーと。
そうではなかった。雪の中に目を凝らすと、人の手が埋もれていた。慌てて駆け寄って雪を掻き分ける。マルスがその中で蹲っていた。
「おい!しっかりしろ!」
乱暴に揺さぶると、マルスは目を開け、紫色の唇でぼそぼそと呟いた。
「き、君が見えなくなって、立ち止まったら、う、動けなくて」
おどおどとどもりながら答える姿は、これまでのマルスの姿からは想像もできないしおらしさで、こんなに頼りない奴だったかと記憶にある光景を照らしあわせようとして、やめた。そんなことをしている暇は無かった。とにかく、安全な場所に行かなければ。
立てるか、と問うと、ふらつきながらもマルスは立ち上がった。だが、その歩みは遅い。腰の高さまで降り積もった雪が邪魔しているのだ。仕方なく、俺はマルスの二の腕辺りを掴んだ。そうして半ば引きずるように雪を掻き分け歩き始める。助ける義理などなかったはずだが、これでもチーム戦の仲間なのだから、と誰とはなしに言い訳しながら、俺はひたすら歩き続けた。
どれだけ歩いたのか、白い山間の中に亀裂のような洞穴を見つけ、俺とマルスは駆け込むようにその中へと身を隠した。入り口は狭かったが、奥に進むにつれて俺たち二人が足を投げ出して座っても余るほどの空間ができるほどに広くなり、奥まで来たことで雪混じりの風も届かなくなっていた。
ようやく一息付いて、肩や頭に乗った雪を払い落とす。風は凌げたが、寒さは依然として変わらない。火でも起こした方がいいだろうか、何か使えるものはあっただろうかと今日の持ち物を思い出そうとしていた時に、となりに座っていたマルスの様子がおかしいことに気が付いた。
いや、マルスは元々様子がおかしかったが、そうではなくて。
ぐったりとうなだれて、襟元を広げている。手で顔を扇ぐようにしているそれは、夏の暑さに茹だる姿そのもの。ふぅふぅと息を吐き出す様は、今にも汗を滲ませそうだ。俺は歯の根も合わぬほどに凍えているのに、と疑問に思ったのも束の間、マルスは肩に掛けていたマントの留め具を外して、それを脱いだ。
「な、何をしてる?」
思わず聞いてしまった。マルスは濁った目で俺を見つめた。
「いや、少し、暑くて」
「暑い訳がない、こんなに雪が降って、凍えているのに」
「君が大股で歩くから、体が温まったのさ。もう暑くて仕方ないよ」
それはそうだが。マルスの歩幅に合わせていたら、俺たちは凍死していた。致し方ないことだ。しかし、それは雪山で防寒着を脱ぐに足る運動量なのか?
話している間に、マルスは上着の前をはだけていた。放っておけばまだ服を脱ぎ出しそうだった。暑いのかどうかは知らんが、これ以上マルスの異常行動は見過ごせなかった。
「じきに寒くなる、服は着ておけ」
「ふぅん、なんだい、前は君が脱がせたくせに」
「う」
据わった目で見つめられ、言葉を失ってしまう。何も言ってこないから、てっきり許されたのだと思ってしまっていた。だが、マルスにはあの夜の暴行を糾弾する権利がある。反対に俺は縮こまって目を泳がせた。
「それは…その……悪かった…」
情けない、と口から出た自分の謝罪の言葉を聞きながら思う。結局、こうして機会を与えられなければ謝ることができなかった。しかもほとんど言わされた形である。これでは何のための謝罪だろうか。
だが、屋敷で人目のあるうちは、マルスにも体面があるし、俺のことを表立って詰ることが出来なかったから、しおらしくしていたのだろう。ここでは、俺たちは二人きりだ。マルスはあの日の恨み辛みを思う存分吐き出すに違いない。それを思うと気が滅入った。だが、甘んじて受け入れなければならないとも思う。
「また脱がせてもいいよ」
しかし、マルスの返答は予想の斜め上を行っていた。

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