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いつぞやかの仲悪アイマル続きです

あの日以来、まともにあいつの顔が見れなかった。
あいつの体調はすっかり良くなり、顔の腫れも引き、痣も消え、全てが滞りなく回り始めたというのに、俺はいつまで立ってもその場で足踏みしているようだ。
あいつは、マルスは、俺を避けていた。当然だろう。まさかあんなことがあって仲が改善されるはずもない。俺とてあいつを避けていたことに変わりない。会ったとして、何を言えばいいのか。乱暴をしてすまなかったと?それでどうなる、という思いが強かった。あいつに嫌なことを思い出させるだけかもしれない。
いっそ、あいつが怒りも露わに俺に謝罪を求めたなら、俺も素直に謝れただろう。しかし、マルスはそうしなかった。それどころかあいつは俺に謝り、文句の一つも言わない。それが酷く腑に落ちなかった。

「…おい、聞いてんのか」

軽く頭を小突かれ、意識が逸れる。リンクがむくれた面でこちらを見上げていた。

「…すまん、聞いてなかった」
「あのなぁ…まあいい。今日のチーム戦の予定表見たか?」
「いや」

脈絡のないリンクの言葉に首を振る。するとリンクは黙って予定表の紙を俺に押し付けた。受け取って目を通す。見慣れた自分の名はすぐ見つかったが、その横に並んだ名前を見てぎょっとした。マルスだ。

「最近お前ら、以前にも増してギスギスしてるからな。ちょっと心配だったんだが…その様子だとまだ解決してなさそうだな」

心を読まれたかのようなタイミングで、リンクが続ける。相当狼狽えた間抜け面を晒してしまったのか、呆れたようにリンクが溜息を吐いた。

「何があったか知らないが…らしくないぞ。遠慮の無さがお前のいいところだろ」
「それは褒めてないだろ」
「ばれたか?」

気のいい友人は一転して人懐こい笑みを見せた。

「大体、俺からすりゃお前らは見ていてもどかしい限りだ。マルスだって始めから……まぁ、本人に直接聞けよ」
「なんだ…どういう意味だ?」
「てめえが朴念仁だって意味だ」

散々な暴言である。当然意味など分かるはずもない俺は、腑に落ちないものを抱えながら大乱闘のステージに向かう。舞台はアイシクルマウンテン。身を刺すような冷気がいつも俺から握力を奪うので、あまり好きなステージではないが、そうも言っていられない。
先にステージにはマルスが立っていた。気まずさが先立って、まともに目も合わせられず、ただ足元を見ながらよろしく頼む、と呟く。マルスは短く頷いたようだった。
一度、対戦表を見たにもかかわらず、俺は対戦相手を覚えていなかった。それだけマルスとチームを組むことで頭がいっぱいだったのだ。実際に雪山に来て定位置に着けば、先程助言のようなものを寄越したリンクと、あまり友好的とは言えない表情でこちらを睨むロイとが向かい合って立っていた。
試合は、泥仕合だった。剣士4人が雪山で戦えば、不利な状況は皆同じ。寒さにかじかむ手で滑りそうになる剣をなんとか振り回して戦っていたのはものの数分、しまいには剣など放り出して組み付き合いになっていたのは、寒さに握力だけでなく思考力すら奪われていたからだろう。
一方で、あのマルスと連携など取れるのかと心配していた俺は、それが杞憂に終わったことを密かに喜んでいた。チーム戦の様相をまるで呈していないこの試合において、組み合い、締めて、落とすことに集中する作業は戦乱での一幕を思い起こさせた。
既に全員の残機はそれぞれ一機。勝っても負けてもいいから、早く終わらせたいと凍える体で切に願った。
そうして、それは唐突に訪れた。バチン、と鈍い音がして、照明が落ちる。停電だ、と暗闇の中でリンクが言った。雪山の中の試合会場は、その一部を競技のために削り出して、観戦向きのアスレチックへと作り変えている。反面、フィールドから少し逸れればそこは完全な自然であり、既に日も傾こうかという時間に鈍く曇る吹雪の空は、大粒の雪で非常に視界が悪かった。
1メートル先すら見えない。ホワイトアウトだ。このまま風に煽られでもして場外になっては堪らない、と思わず一歩踏み出した俺は、しかし足の下にあるはずの土の感触を感じられずにつんのめる。雪溜まりに足を突っ込んだらしかった。
「ーーー」
同時に凄まじい突風が吹き抜けて、背負ったマントがその風を受けて帆のように靡く。バランスを崩した俺は踏ん張りきれずにそのまま煽られ、吹き飛ばされて、呆気なくステージの外へと転がり落ちた。
情けないな、と落下しながらぼんやり思う。大概、俺が剣を握る時、そこに迷いはない。だが、今日はどうか。迷ってばかりで、心乱されてばかり。親父が生きていたら数発ぶん殴られていただろう。何をこんなに迷っているのかと自分を見つめなおしてみれば、それは考えるまでもなくマルスとの付き合い方のことだった。
マルスは、俺を嫌っていた。俺を嫌うマルスが、俺は苦手だった。仲良くなりたかったとでも言うのかーーと自問して、自答する。多分ーーそうだ。あの蒼は、美しかった。近くで見ていたいと、そう思った。そんな幻想は、彼の蔑むような視線を受けて砕け散ったが、きっと始まりはそんなことだった。
「ーー手を!!」
その時、焦がれた蒼が目の前に広がる。マルスが転がり落ちた俺を追って手を伸ばしていた。
ますます意味が分からない。お前は俺が嫌いで、俺もお前に酷いことをして、まだ謝ってもいないのに、一体何がしたいんだ。俺をどうしたいんだ。心の中に燻る凶悪な生き物が鎌首を擡げる。もう関わり合いになりたくなかった。関われば関わる程、自分の気持ちが制御できなくなった。二度と顔も合わせたくなくなる程打ちのめせば、近寄らないでくれるだろうか?ああ、だがあの綺麗な顔を二度と見れないというのも惜しい気がする。
このまま一緒に奈落に引きずり落としてしまえば、どんな顔をするだろう?またあの時のように怯えて泣きじゃくるだろうか?それもいい、と仄暗い気持ちで手を握り返せば、マルスの体は抵抗なくこちらに落ちて来た。
彼は崖上から手を伸ばしたのではなく、自身も落ちながら俺に手を伸ばしていたのだった。
「お前…何しに来たんだ…」
思わず漏れた呟きのせいで、落下した先の降り積もった雪の塊をしこたま口の中に入れてしまった。

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