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宮廷詩人と近衛騎士

「詩を教えて欲しい」
いつもの仏頂面で告げた近衛騎士は、やはりその心情を窺い知ることはできなかった。宮廷詩人は楽器の調律のために忙しく動かしていたその手を止め、切れ長の目を瞬いた。
「……何故?」
「断れない夜会がある。…無知を晒して姫の名に泥を塗りたくない」
近衛騎士は、その目立つ経歴のために話題の尽きない男だ。本人の望むと望まざるとに関わらず、である。彼がにこりとも笑わず、一言も言葉を発することがなかったとしても、彼が場にいることで話好きな貴族たちの会話は弾む。それが面白くなく、宮廷詩人は一度は止めた手を動かして楽器の調律を再開した。
「私など人に教える立場にないよ。それが稀代の天才剣士様相手となれば、なおさらね」
わざと突き放すように言ってやると、言外の含みを汲み切れない堅物剣士は薄い表情ながらに狼狽えた様子を見せた。
「…忙しいのは、重々承知で…」
「私より適任がいるのではないかい」
詩人としての技量に、純然たる自信を持ってはいる。あの近衛騎士が教えを乞う相手に自分を選んだことは意外ながらも、どこか勝ち誇ったような気分さえある。しかし、教師という意味では老齢の詩人の方が素人相手には適任のように思われた。それはいかに脳筋な剣士といえど気が付いていることだっただろうし、それを押して物を頼みに来るほどに、宮廷詩人と近衛騎士の間に友情と呼べるような良好な関係は築かれてはいなかった。
仲が悪い、訳ではない。かといって、仲が良い訳でもない。寧ろ、二人に接点はなかった。同じ君主に仕える者同士、若くして宮仕えとなった才能溢れる若者、という共通点はあるものの、彼らがこうして顔を突き合わせて個人的な会話をしたことは数えるほどしかなかった。
近衛騎士は一瞬、鋭く周囲の気配を探るように視線を落とした。しかし、それも本当に一瞬のことで、近くに人の気配がないことが分かると先までの鋭さを陰らせてぼそぼそと囁いた。
「他の詩人は、苦手だ」
「何故?」
「…なんというか…あの、言っていることと考えていることの違う感じが、…」
無骨な武人である彼が、美しい詩を吟じながら政治の中枢に潜り込まんとする宮廷詩人らの難解な感情と言葉遊びの機微を理解するのは無理な話だろう。宮廷詩人は知らず、自分が再び調律の手を止めていたことに気が付いた。
完全に、気が逸れた。宮廷詩人は近衛騎士と向き合って小さく笑った。
「私はいいのかい?」
「…………まぁ」
微妙な沈黙が、何より彼の本音を物語っていた。
近衛騎士にとって、宮廷詩人もまた、そういった理解しがたい人種の一人である。しかし、近衛騎士は敢えて選んで宮廷詩人の元を訪れた。それは何故?
堪らず、身を乗り出して問う。
「別に、君になら教えてやってもいい。付け焼刃にはなるだろうが、姫様の名に泥を塗りたくないのは私も同じだ。だが、何故苦手な私を頼ったんだい?それを聞かせてくれたら、教えるよ」
先程から、何故、何故、と聞いてばかりな気がした。だが、それもこの近衛騎士相手ならば仕方ないと開き直る。彼は表情が少なすぎる。導き出される行動が突飛過ぎる。
近衛騎士は渋い顔で目を泳がせた。しかめ面以外の表情筋が欠落しているのかと思うほどだ。少ない会話の中で、陰謀ひしめく宮仕えの中で鍛えられた観察眼をもって宮廷詩人はこの表情の意味を正確に推察する。――これは、都合の悪いことを言うべきかどうか迷っている。
「何故…」
「…あなたは、姫の悪口を言わない」
観念した様子で、騎士は呟いた。稚拙な言葉だが、それが彼の行動理念だと分かると、何故だかすとんと腑に落ちる気がした。
ゼルダ姫。未だ封印の力に目覚めず、無才の姫だなどと口さがない者たちが言う。宮廷詩人は、封印の力如何に関わらず、ゼルダ姫という人物を愛していた。彼女を悪くなど言えようか。
なるほど、近衛騎士は忠実で優秀な姫付きの騎士であった。彼は仕える主に悪意を持つ者共を本能的に忌避しているのだ。
宮廷詩人は、すっかり拍子抜けしてしまって、しばらくぽかんと口を開けて近衛騎士を見つめた。騎士の方は反応のない詩人の様子を、尻尾を巻いた犬のように見返していた。
「…詩は…」
「ああ、もう、分かった。教えるよ、教えればいいんだろう!」
恐る恐る尋ねてくる近衛騎士相手に、少しでも言葉での応酬を期待していたことが馬鹿らしくなって、宮廷詩人はやけくそになって叫んだ。驚いた様子で目を見開く騎士に、詩人は楽譜の束を押し付ける。
「私は、優しくないからな。泣きごと言っても知らないぞ」
「…よろしく、お願いします」
近衛騎士は、ぎこちなく楽譜を受け取ると、目を逸らさずに腰だけを曲げる軍特有の礼をして見せた。

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