解決!

名乗りを上げるのも気恥ずかしいが、ばれてしまっては仕方ない。ちょっとだけ、カッコイイ登場の仕方に憧れていたネスは、男たちの視線が怒りから驚愕、恐怖へとすり替わっていくのを心地よく感じていた。

「まさか、君ってネスだったのかい!?あの、サイキッカーの!?」

しかし、誰よりネスの正体に驚いたのは、男たちではなくマルスの偽者で、彼はそれまでの怯えた様子はどこへやら、状況も忘れて興奮した様子でネスの側までにじり寄った。

「すごい!本物だ!僕、いつも君の試合を見ているよ!こんなに小さいのに、強いファイターたちと戦って、尊敬してるんだ!」
「あ、ありがとう。その話、あとでもいい?」
「あっ」

青年は、ようやく切羽詰まった今の状況を思い出した様子で周囲の男たちを見渡した。最初こそ、ネスの名前に怖気づいた様子の男たちだったが、数の有利を勝機と見たか、彼らは向ってくることを選んだらしい。さて、お荷物な偽者青年を抱えて、この場を穏便に切り抜けるのはさすがのネスにも骨だ。燃やしてもいいなら、壊してもいいなら、範囲攻撃の手段はいくらでもあるが…とそこまで考えて、ネスは作戦を練るのをやめた。
そうだ、そもそもネスがここまでしてやる義理はないのだ。後ろで腰を抜かしているのはマルスの偽者で、今自分たちを取り囲んでいる人相の悪い男たちはマルスに逆恨みをしている奴らで、ネスがなんとかしてやる必要はまったくない。

「あとは自分でなんとかしてよ、王子」

輪になってネスらを囲む男たちの後ろに、見慣れた青い装束の男が一人。人々の隙間から騒ぎの中心であるネス達のことを覗き込んでいた。彼はネスの横に座り込む自分とよく似た恰好の青年の姿に一瞬驚いた様子だったが、すぐさま普段の余裕めいた笑みに戻って腰に提げていた剣を抜き払った。

「世話をかけたね、ネス君。あとは、任せてくれ」

突如として現れた本物のマルスに、男たちの混乱も一入である。混乱の極致にあった男たちは、やけくそになったか、なりふり構わずマルスに殴りかかっていったが、対人戦闘、こと生身の戦いにおいては誰より修羅場を潜り抜けてきた英雄王に当てずっぽうな拳が届くはずもない。何人かはネスや偽者の青年の方に飛び掛かってきたが、それらはまとめてネスの超能力で吹き飛ばされて民家の壁に叩き付けられた。
ものの数分で、その場で立っているのはネスとマルスだけになっていた。

「やれやれ、賭け試合で僕に賭けて、それで大損が出たから僕に制裁を加えようとしたんだって?まったく、僕の世界の闘技場に招待してあげたいよ」

マルスの世界の闘技場では、賭け試合に勝利すると賞金がもらえるが、引き際を見誤ると普通に死ぬことがあるらしい。ネスにはいまいちぴんと来ない話だったが、資金繰りにも命懸けだった彼の過酷な生き様だけはなんとなく分かる。
さて、とマルスの視線は今度は偽者の青年に向けられる。青年はひぇっと小さく悲鳴を上げて、その場で蹲るように土下座した。

「す、す、すみませんでした!マルスさんに似てるって言われたのが嬉しくて、つい出来心で…」
「僕はまだ何も言っていないんだけれど…。まぁ、自分で思うところがあるのなら、改める良い機会だろう。今回のように、危険な目に遭うこともあるし」

マルスは伸びている強面の男たちを一瞥し、それから青年を振り返った。

「たまたまネス君が近くにいてくれたから、大きな怪我をせずに済んだ。彼に感謝しないとね」
「はい…」

項垂れる青年に、その実大して怒っても困ってもいない様子のマルスはこっそりと溜息を落とす。その様子を見ていたネスと目が合うと、彼らは堪えきれないといった様子で吹き出して笑った。

偽者の青年は、もう二度とこのような真似はしないとマルス、ネスの二人に固く誓い、実は二人の大ファンで、いつも試合を応援している、と熱心な表情で告げた。偽者騒動にもそもそも怒る気になれなかったマルス、ネスの両名は、それ以上の謝罪や制裁を必要とせず、その場で求められた握手に応じ、青年と別れたのだった。

「でも、どうしてあそこに来たの?偶然?」

屋敷への帰途で、なだらかな上り坂の道のりを歩きながらネスが問う。マルスは何故か驚いた様子で目を丸くして、それから首を傾げた。

「…あれ?君が呼んだんじゃないか」
「え?」
「テレパシーで…違ったのかい?」
「え?」

勿論、身に覚えのないネスである。マルスは眉尻を下げて笑う。

「ずっと僕の名前を呼んでいたから、僕の助けが必要なのかと思って飛んできたんだ。……えーと」

知らず、ネスの顔は火が出るかと思うほどに赤くなっていた。確かに、ネスはこの小一時間ほど、マルスの偽者と一緒にいたせいで、ずっと本物のマルスのことを考えていた。本物の王子ならこうしていただろう、本物の王子はこんなこともできただろう…そんな思いが形を持って、本人の元へと届いていたのだから堪らない。恥ずかしさのあまり、反論するのも忘れてしまったネスは、もごもごと言葉にならない言い訳を口の中で繰り返したが、それを見かねたらしいマルスがそれを遮った。

「ああ、いや、ごめんね、僕のお節介だったようだ。でも、たまには役に立つお節介だろう?今回は大目に見て欲しい」

挙句、気を遣われてしまった。とはいえ、その親切を突っぱねる気力もないほどに穴があったら入りたいネスである。彼はありがたく王子のお節介を受け入れる他なかった。
火照った顔を隠すように両手で覆い、指の隙間から整った王子の顔を見上げる。憎たらしいほど形の良い双眸が、穏やかにこちらを見返していた。

「…しょうがないなぁ。そういうことにしといてあげるよ」
「ふふ、それはありがたい」


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