騒動!

マルス──の偽者は、ネスの行く先々に付いてきて、頼んでもいない道案内を買って出た。

「このパン屋は街でも評判で僕の一押しさ」
「ここの靴屋は店主がビンテージ物に凝っていて、来るたび珍しいものが見れるんだよ」
「こっちの花屋の奥さんはとっても親切で、僕がガールフレンドに贈る花束に迷っていたときも…おっと、今のはみんなには内緒にしていてくれよ?」

鬼のようにうざい…と空に向かって叫び出したい衝動をネスは辛うじて堪える。相手は親切でやっているのだ。たとえそれが高い知名度を利用した下心からであっても…と言い聞かせる他ない。
ぼんやりと、ネスは初めて王子とともに街へ買い物に繰り出したことのことを思い出していた。そういえば、会ったばかりの王子は確かにこんな感じだったかもしれない。見栄と虚勢で塗り固めたような作り物の笑顔をばらまき、ネスを苛つかせていた。よく考えなくても、確かにこんな感じだった、うん。
あれから、色々なことがあり、世界を取り巻く環境も変わり、ネスと王子の関係も変わって、今はそれなりに良好な関係だと思う。それゆえ、ネスはこうして何の得にもならないマルスの偽者の動向を監視、もとい見守って、結局は王子に余計な迷惑のかかることがないようにしようとまで考えているのだから。
ネスの心配するような、偽者による風評被害は今のところ生まれていないようだった。偽者は人当たりも良かったし、ファンサービスも欠かさないし、何より顔がイケメンだった。とはいえ、毎日マルスの顔を見慣れたネスにとっては、偽者の顔は平凡な青年の域を脱しないもののように思えたが。
何軒か、偽者のおすすめだという店を回り、ネスが行きたかったスポーツショップでバットとグローブを眺め、小さな出店でサンドウィッチを買って、二人は並んで歩きながらそれを頬張る。偽者は、素直に彼の案内を聞き入れ、街巡りに同行してくれるネスの存在が非常に気に入ったのか、「君はいい子だね。僕が出会った同じ年頃の少年の中でも、一緒にいて一番楽しいよ」とネスを褒めそやした。
しかし、そんな穏やかな時間も長くは続かない。サンドウィッチも食べ終わる頃、明らかに強面の男たちが道の真ん中を大股で歩きながらネスたちに──正確には、マルスの偽者へと向かってきていた。狼狽えるマルスの偽者は、咄嗟にネスの手を引いて道を逸れようとしたが、男の仲間たちが脇道からも後方からもやってきて、既に逃げ場を塞いでいた。

「な、なにかな、君たち。僕のファンなら、順に並んでもらわないと」

気丈にも、偽者の青年はネスを庇うように立ちながら、男たちにそう言った。男は鼻で笑い、ネスらの足元に唾を吐いた。

「ファン、確かにそうだな。俺たちは先日の大乱闘で、アンタに賭けてた大ファンさ」

大乱闘は、ファイターたちの順位を予想するギャンブルとしても人気を博している。子供のネスには詳しいことは分からないが、とにかくそれが大変な金額の動くものであることは、ぼんやりと耳に入っていた。なんとなく事の次第が読めたぞ、とネスは冷や汗を流す偽者の青年の横顔を見上げる。

「大乱闘ランキングから見ても、負けるはずのない試合だ!だが、結果はどうだ。アンタは最下位!俺たちは大損!まったく泣けてくるぜ!」

そう、先日の試合で、マルスはリュカ、トゥーン、プリン相手に大敗を喫していた。確かにこれまでの戦績から見て、マルスが負ける相手ではなかったかもしれない。だが、勝負は時の運。これは全くの逆恨みだ。
男たちは隠し持っていたであろう凶器を取り出し、じりじりとネス達への包囲を狭めていた。刃物に、鈍器に、これを振り回されればひとたまりもないだろう。偽者の青年は、青ざめた表情で口をパクパクとさせていた。

「金は戻ってこねぇが、それじゃあ俺たちの溜飲が下がらねぇ。そこへ、呑気に街で散歩してる英雄王様がいるって話を聞いた訳だ。俺たちの憂さもようやく晴れるって訳さ」
「な、なるほど、話は分かった。だが、ひとまず落ち着いて話し合おう。その危ないものはしまってくれたまえ…」
「指図すんじゃねえよ状況分かってんのか!?」

なんとか場を収めようとした青年の言葉は、寧ろ男たちを逆上させてしまったようで、先頭で刃物をちらつかせていた男がマルスの偽者へと斬りかかってくる。青年は、すっかり腰が抜けた様子で、その場にへたりこんでしまったが、やれやれ仕方ない、とネスは一歩前に進み出た。

「PKスルー」

刃物にも、男にも手を触れず、ネスの超能力は大の大人を足元から掬って吹き飛ばした。刃物は危ないので没収して、ネスの手の中にある。転んだ先で怪我でもされたら寝覚めが悪い。

「な、なにをした、このガキ!?」
「大乱闘ファンのおじさんたちなら、僕の顔にも見覚えがあると思うんだけど?」

PSIの構えを取って、ネスは自分たちを取り囲む大人たちを見据える。威嚇するような視線は、その実相手の人数と位置を確認しているに過ぎない。しかし、彼の未知の能力に怖気づいた男たちは、少年に見つめられると慄いた様子で数歩後ずさった。

「おい、まさかこのガキ…黒髪で、超能力者といえば…」


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