3日目 1:30

何度目になるか、読み上げられる仲間の名前と、手にした名簿の名前を照らし合わせて少年は唇を湿らせる。手にしたペンをノックしながら、彼はパズルを埋めるように見慣れた名前にバツを付けていった。

状況を整理するほどに混乱していない子リンは、孤立無援となったことをいち早く悟ると、よく葉の茂った太い木の上に上り、丈夫な枝の上で一夜を明かした。同じゲームの参加者である仲間たちとは誰にも出会わなかったが、翌朝無人島内に響き渡る有線放送が何名かの脱落者の名を伝えた。
子リンに支給されたのは、名簿だった。誰にも出会ってない子リンには、それが全員に等しく配布されたものなのか、子リンに武器として支給されたものなのか判別は付かなかったが、どれだけ荷物の中身をひっくり返してみても、この殺し合いの三日間を有利に立ち回れる手助けとなりそうなものは他に入っていなかった。
だから、子リンにできることは、居心地のいい隠れ家に身を潜め、誰が信用できるのかそうでないのかを減っていく名簿の名前と見比べながら判断し、あわよくば同士討ちが発生することを待つくらいなものだ。無論、子リンとて最初はこんなふざけたゲームに乗るつもりはなかったが、事実として仲間の同士討ちは始まっている。仲間を集めて徒党を組もうにも、既に人が死に過ぎていた。
本音を言えば、渡されたバッグの中に武器が入っていないことに、子リンは何より安堵していた。武器を持ってしまえば、いかに子供といえど子リンは幾度となく死線を越えてきた勇者。我が身可愛さに仲間を殺してしまわないとも限らないし、またそれができるだけの力量は彼には十分ある。死ぬことは怖いし嫌だったが、現実味のない仲間の訃報を聞きながら、何もせずただゆるゆると長い三日間を過ごすことはさほど苦痛ではなかったかもしれない。
そうして迎えた二回目の夜、子リンの耳はコーン、コーンという小気味良い音を聞く。木を切る音だった。音に驚いた鳥が数羽飛び立ち、付近で一番高い木から誰かの喚き声が聞こえた。ピットだった。

「…誰かが木を切り倒そうとしている」

こんな真夜中にどんな酔狂だろうか。否、仲間同士で殺し合いをしているのだから、今更正気な人間の方が少ないはずだ。かくいう子リンだって、この異常に慣れ始めているのだから、立派に狂人の仲間入りだ。
真っ先に子リンが思ったことは、場所を変えなきゃということだった。木を切り倒してまで殺し合いをしたがる人間がいるかもしれないのだ。仲裁に入るだなんて野暮な真似はしない。武器も持たず、子供の非力で何かができるほど、事態は既に楽観視できる状況にないことは確実なのだから。
音を立てないように慎重に、子リンは木の幹を滑り降りる。幸い、木を切る音はまだ続いているので、そちらの騒動からは容易に離れられそうだった。そう思ったことが、彼の注意を散漫にしたのかもしれない。

「おや」

音のする方を振り返りながら歩いていた子リンは、ふいにかけられた声に飛び上がるほど驚いた。声の主を振り仰ぐ。マルスだった。

「一人かな?急いでいるようだけど、どこへ行くのかな」
「王子、聞こえるでしょう。向こうでピットが誰かと言い争いをしてる。離れないと、巻き込まれ…」

言い掛けて、子リンは口を噤む。森に一人で佇むマルスは、不自然なほどに落ち着いていた。仲間が殺し合いをしているこの状況を、心優しい彼が嘆かないはずがない。それなのに、彼の関心は聞こえているはずの喧噪ではなく、目の前にいる子リンに注がれていた。
子リンは咄嗟に荷物の中から名簿を取り出した。付けられたバツ印を確認する。マリオ、ファルコン、大きい方のリンク、メタナイト…どれも大乱闘戦績上位者の名前。確かに彼らはお人よしだが、この異常な状況下でうっかり仲間に殺されてやるような手合いでもない。彼らがうっかりや同情から殺されたわけでなく、真実手練れの人間によって殺されていたのだとしたら。

「なんだ…あんたがみんなを殺してたの」

それなら全ての辻褄が合う。子リンの呟きを拾って、マルスは気恥ずかしそうに肩を竦めた。

「ばれちゃったか」
「隠さないってことは、次は僕の番?」
「そうだね、夜しか自由に行動できないから、見逃す手はないかなぁ」

まるで天気の話でもするような気安さに、子リンの方も拍子抜けしてしまう。もっと悲愴な事情があってこんな決断に至ったのかと思っていたが、これではまるで――

「頭、おかしくなっちゃった?」

度重なる仲間の死で、心が壊れてしまったか。マルスは愛想笑いを引っ込めて、真っ直ぐ子リンを見つめて首を横に振った。

「いいや、とても正気だよ。残念なことにね」
「はぁ…本当だよ。王子に見つかっちゃうなんてツイてない」

どうやら子リンの命運もここまでのようだった。普段の手数の多さならいざ知らず、丸腰でマルスの前から無事逃げおおせることなんてできやしない。まして、彼は常になく「本気で殺しにきている」。下手に抵抗すれば、寧ろ苦痛が長引くことは容易に想像できた。
荷物を下ろし、両手を上げて子リンは降伏のポーズを取る。罠だと思われたのか、マルスはしばらく動かなかったが、「痛いのはいやなんだ」と子リンが言うと、その意図を汲んだのかこちらに歩み寄ってきた。
彼なら、本当に痛みなどなく一瞬で、子リンをこのゲームから脱落させてくれるだろう。そこまで生に執着のない子リンが、大人しく首を差し出すのは寧ろ当然のことだった。
首筋に冷たい金属が押し当てられて、無意識に体が逃げないようにと頭を抱き込まれる。マルスの腕の中でその瞬間が来るのを静かに待つ子リンの耳が最後に聞き遂げたのは、小さなマルスの囁きだった。

「先に行って待っていてくれ」


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