遭遇!

まぁ、知名度が上がるというのはいいこともあれば悪いこともあるもので、その一端というのをネスは初めて身をもって体験していた。
大乱闘の予定のない、良く晴れた休日に、臨時収入を持て余していたネスはなんとはなしに街に下りて立ち並ぶ店店を眺めていたのだが、そんな折にちょっとした人だかりを見つけて、好奇心に任せてネスもその人だかりの輪に加わる。子供の身体の小ささを生かして列の最前に並ぶと、人の輪の中心には蒼髪の青年がおり、彼は沸き上がる黄色い歓声を心地よさそうに聞いて手を振り返していた。

「マルス様!今日も、お美しいです!」
「ああ、ありがとう」
「マルス様、先日の大乱闘でのご活躍、本当に素晴らしかったわ!」
「ありがとう、あの時はちょっと苦戦したかな」
「マルス様!」
「マルス王子!」

英雄王マルスは、大乱闘での人気も高い腕の立つ剣士のファイターである。同じファイターとして同じ屋敷に住むマルスの人となりを良く知るネスは、しかしこうして大勢のファンに囲まれて一身に声援を受ける青年を見て首を傾げた。

「……誰?」

着ている衣装は、大乱闘で見るそれで、全体的なシルエットは柔の剣を扱う細身の青年である。顔も確かに美形であるし、王子本人が常々自称する眉目秀麗というのがふさわしい目鼻立ちだ。しかし、ネスの知る彼ではない。深海色の瞳ではなく、こげ茶の瞳を細めた彼は、最前列に顔を出したネスを見つけて微笑んだ。

「やぁ、君もこの僕、英雄王マルスのファンかな?」
「えっ、いや、その」
「遠慮しなくていい、ほら、その紙袋にサインしてあげよう」

言って、青年はネスの持っていたファーストフード店の紙袋を持ち上げると、流麗な字でマルスの名を書いてネスに返した。
このとき、ネスは普段トレードマークに被っている赤い帽子もなく、ボーダーのシャツでもなく、どこにでもいる黒髪の子供とでも思われたのだろう。よもや目の前にいる少年が、画面の向こうで大乱闘を戦ういっぱしのファイターであることなど夢にも思わないマルスの名を騙る青年は、人好きのする笑みを浮かべて、求めてもいない握手をしようと手を差し伸べてきたので、最初こそ断ろうとしたネスは、しかし周囲の羨望と嫉妬の視線を感じて思い留まる。ここで断れば、彼を本物と信じるファンたちに白い目で見られるだろう。特別悪いことをしている風でもないし、様子を見るか、とネスは唇を湿らせてから手を差し出した。

「…いつもここにいるの、おうじ?」
「いや、今日は非番だから、たまたまね」
「そっか。このあとは何する予定?」
「特にはないね。今日はゆっくり街を見て回ろうかなと」
「ふーん」

要するに、こうしてマルスのふりをして街をぶらつき、ちやほやしてもらいたいだけなのだろう。しょうもな…と喉まででかかった言葉を呑み込んで、ネスは愛想笑いを浮かべた。

「僕と一緒だね。じゃあ、気を付けて」

そもそも、マルスの偽者が現れて、彼の評判を落とすようなことをしていたとして、ネスにはさして関係のないことだし、大乱闘での人気に若干の変動がある程度。こんな偽者に構ってネスの貴重な休日を潰すつもりはない。関わらないのが吉だ。
そうしてネスはくるりと背を向けて歩き出す。屋敷に帰って、気が向いたら本物にでもこのことを教えてやろう。そんなことだけを考えていた。が、その手を青年に掴まれる。本物よりもいくらか柔らかい手の平が、ネスには少し不思議だった。

「いやいや、ちょっと待って!君も街を見て回るのかい?それなら僕がエスコートしてあげるよ。この街には少し詳しいんだ」
「ええ…」

なんで絡んでくるんだ、と隠すでもなく顔に出てしまうネスであるが、それは周囲の黄色い声にかき消されてしまう。あの英雄王にエスコートしてもらえるなんて、なんと幸運な少年なのだろう、羨ましい、といったニュアンスの声が飛び交う中、ネスはこの偽者の思惑を正確に汲み取っている。――要するに、子供にやさしくする自分はイケてる――そういうことだ。
これを突っぱねることは簡単だ。ネスの正体を明かし、偽者の正体を明かし、この場を切り抜ければいいだけの話である。だが、この時ネスは暇だったし、他にすることもなかったし、まぁ、茶番に付き合ってやるのもいい暇つぶしになるだろう、そんなことを考えて、出来うる限りの無邪気な声を上げてみせた。

「う、うわーい!!おうじが一緒にいてくれるなんて嬉しいな!」


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