5

マリオら一行がマルスとアイクの相部屋に辿り着くと、扉の向こうから獣のような呻き声が漏れ聞こえていた。マルスのものだ。
迷っている暇はない、とマリオはノックもせずに部屋の扉を押し開く。

「マルス、大丈夫か!?何か――」

変わったことはないか、と口を開こうとしたマリオは、そのまま入口付近で足を止める。どうしたんだ、とマリオを押しのけ入ろうとしたトワもまた、マリオの視線の先を辿って同じく足を止めた。
部屋の奥のベッドの上に、マルスは仰向けに横たわっていた。ところがその腹は妊婦のように丸く膨れ上がって、ひどく鬱血していた。そして彼に覆いかぶさるように立つアイクの手には、神剣ラグネルが握られている。突然の闖入者に気付かないはずのないアイクであるが、彼は一切に構わず振り上げていた神剣をマルスの腹へと振り下ろした。
振り下ろされた切っ先は、しかし狙い澄まされた軌道でマルスの腹を浅く薙いだに過ぎなかった。とはいえ、その一撃でマルスの腹は中心から左右に開くことになり、そこから少なくない量の血が噴き出して部屋中に飛び散った。同時に、裂かれた腹から蠢く無数の芋虫たちが零れ落ちる。マルスの腹の中でその血肉を栄養に丸々と太った幼虫たちは、突然居心地の良い母体から引きずり出されてギチギチと不満の声を上げた。
それまで失神しかけていたマルスが、斬られた衝撃で目を覚ます。彼は焦点の合わない目でしばらく天井を見つめていたが、ふと思い出したように自分の腹を見て、そこから這い出す芋虫の群れを見、徐々に状況を理解していったのか、血の気の引いた顔で絞り出すような悲鳴を上げた。

「あ、あ…あああああ!!!嘘、嘘、嘘だ!ああああ…ッ」
「な、何があったの?マルスは、大丈夫なの?」

部屋の外で様子がうかがえないネスが不安そうな声を上げる。そこで我に返ったマリオとトワは、お互いに顔を見合わせると小さく左右に首を振る。とてもこの惨状を幼い少年には見せられない。同じく状況は分かっていないだろうロイが、しかし良くないことが起きているということだけを察して、ネスの肩を掴んで言った。

「治療の道具が必要そうだ。ネス、医務室に取りに行こう」
「え?あぁ…うん、急いで行こう!」

ロイの機転により、ネスは即座に踵を返して医務室の方へと走っていった。残された面々は、ごくりと生唾を呑み込んで恐る恐る部屋に足を踏み入れる。マルスは依然としてうわごとのようにいやいやと首を振っていたが、それ以外の身体を動かす気力はないようで血まみれのままベッドに転がっていた。一方のアイクはマルスを斬り付けた恰好のまま固まってしまって、トワが駆け寄って乱暴にその肩を揺すって初めて、ゆっくりマルスから目を離した。

「マ…マルスを…助けてくれ…俺では、こんなことしか…」

酷く憔悴した様子で、掠れた声のままアイクが誰とはなしに懇願する。トワが神妙に頷いた。

「大丈夫だ、分かってる」

しかし、真っ先にマルスに駆け寄ってその容態を確認していたマリオの表情は険しい。彼は慎重にマルスの腹の中に残った幼虫を取り出しながら、苦々しい口調で言う。

「これは…酷い、内臓が食い荒らされている。それに、心配なのは心のダメージだ。この身体をマルスが使い続けられるとは思えん」
「そんな」
「……フィギュア化の前後は、多少記憶が飛ぶ」

脈絡のないマリオの言葉に、一瞬皆が沈黙する。が、意図を汲んだルフレが腕を組みながら頷いた。

「なるほど…原状回復。一度フィギュアに戻してしまって、怪我も寄生もなかったことにしてしまう。運が良ければマルスは今の出来事を忘れてくれる…そういうことだね」
「そうだ」

マリオはアイクを振り返り、問う。

「アイク、いいな」

寄生虫の話を知らず、マルスの腹にできた虫こぶを見たアイクの混乱はひとしおだろう。直後の狼狽え方からも推察できる通り、彼はどうにかマルスを救いたいと考え、行動を起こしたに過ぎない。そんな彼がマルスをフィギュア化させる――引いては、一度「殺す」ことに納得ができるかは微妙なところである、との配慮からのマリオの問いかけだった。とはいえ、納得する時間など待っていては、それだけ今回の件をより鮮烈にマルスが記憶に残してしまう。アイクの返答を待たずにトワが背負った剣を抜いて身構えた。腹を裂かれ、寄生虫に蝕まれ、意味の無い呻き声を漏らす友人の姿はあまりに哀れで見ていられなかった。

「待て」

予想外に力強い声で止められて、トワの剣は止まる。アイクが、再び神剣を握り直して進み出てきた。

「お前の剣は、人を殺すに不慣れだろう。俺がやる」
「それでいいのか」

マルスのみならず、アイクの受けた衝撃も大きなものには違いない。トワは何も、マルスのためだけに介錯役を買って出たわけではない。こんな状況で友人を手にかける二重苦などアイクには負わせられない、そんな思考も少なからずあったわけで。ルフレが呑気に「僕がやってもいいよ」と口を挟んだが、アイクはそれも丁重に断った。

「俺にやらせて欲しい」

*
マルスが目を覚ますと、そこは医務室のベッドの上だった。ベッドの横のパイプ椅子に腰かけたアイクがうつらうつらと舟をこいでいるのが珍しく、マルスはしばらくその横顔に見入っていたが、ふとした拍子にアイクが目を覚まし、マルスを見た。彼は酷く疲れた様子で、「目が覚めたのか」と呟いた。

「ああ、とてもよく眠っていたみたいだ…僕、どうしてここにいるんだっけ?」
「覚えていないのか?いつから?」
「ええと…アイクが帰ってくるのを待っていたけど、あんまり眠くて先に寝ちゃって…一度起きたような…?」
「……」

アイクは僅かに沈黙し、マルスから目を逸らして言った。

「数日前、蜂に刺されただろう。その毒が回って死にかけたと、マリオが言っていた」
「えっ、ええ!?死にかけてたの、僕!?」
「どうにもならなくて、一度フィギュア化もしている。だが、おかげで今は健康そのものだそうだ」
「ええー…いつの間にそんなことに…」

マルスは自身の腕を色んな角度から眺め回して呟く。体にできた細かい傷が消えていることで、原状回復を果たしたことを確認しているようだった。彼の関心が自分から逸れて、静かにアイクは息を吐く。嘘は苦手だった。ばれやしないかと冷や冷やしたが、幸か不幸か目覚めたばかりのマルスは普段の数倍反応が鈍かった。
だが、腹に寄生していた虫に内臓を食い破られて、目の前の同居人に腹を裂かれて虫の息になっていたなど、マルスは知らなくていいことだ、とマリオらにきつく言い含められている。多少卑怯な気もするが、今の内に既成事実化してしまえというのが、ルフレがアイクに授けた策だった。
マルスはアイクの言葉にさしたる疑問も挟むことなく、うんうんと素直に頷いて納得してくれたようだった。唯一、蜂の巣駆除はどうなったの、とだけ聞いてきたが、もう解決したとアイクが短く答えると安堵した様子で「良かった」と呟いた。
これで、この話は終わりだ、とアイクはようやく肩の力を抜く。血だらけになった彼らの自室は、今ピーチの従者キノピオたちがせっせと片付けてくれており、マルスの腹から取り出された幼虫たちは、マリオの指示の下全て熱湯で駆除されている。あとは、医務室で何事もなかったように一夜を明かし、綺麗になった部屋に帰ってくれればそれでいい、と全てを取りなしてくれたマリオとルフレ、色々と口裏を合わせる為に屋敷を奔走してくれたトワとシュルクに、アイクはしばらく頭が上がらないとさえ思った。
そんなアイクを見て、マルスが小さく「あ」と声を上げる。嘘を見抜かれたか、とアイクは一瞬身を固くしたが、マルスは小さく笑っておもむろにその腕を伸ばしてアイクのマントの肩辺りに付いていた何かを摘まんだ。小さな芋虫だった。

「蝶の幼虫かな?アイクのこと、木と間違えたの…」
「ぅおおぁ!!?」

聞いたことがないような悲鳴を上げて、アイクがパイプ椅子からずり落ちる。突然の出来事にマルスがぽかんとする一方、アイクもまた己の奇行に目を丸くする。元々虫の類は苦手ではないアイクだったが、マルスの腹からぼたぼたと零れ落ちる蜂の幼虫たちの姿を彷彿とさせるこのシルエットに、生まれて初めて嫌悪と恐怖の感情を覚える。

「き、君、虫苦手だったっけ?」

呆気にとられた様子でそう尋ねてくるマルスに、勿論詳しい事情を話せないアイクは、ひきつった表情でただ小さく頷くしかなかった。


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