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新しい蜂の巣探しは難航した。通常よりはるかに体長が大きい分、行動範囲も格段に広がっていると思われ、そんな予想行動円内で闇雲に蜂の巣を探すことはまさに雲を掴むような話である。丸三日、一行は何の収穫もなくただ無為に世界を歩き回った。有力な目撃情報もなく、業を煮やしたフォックスの口から「被害の一つでも出ればすぐに見つかるのになぁ」という愚痴さえこぼれる始末だ。
そんな話を土産に、療養期間として屋敷で留守番をしているマルスの元へと帰還したアイクは、ぽつぽつと任務中の出来事を報告する。外に出られない分、アイクの報告はマルスにとってずいぶんな楽しみなようで、彼は何の成果も上がらない話を、目を輝かせながら聞いていた。
それまで聞き役に徹してくれたマルスに気付いて、アイクははたと黙り込む。自分ばかりが話しているのは申し訳ない。ひとまず自分の話に一区切りをつけ、アイクはマルスに問うた。

「マルスはどうしていたんだ?」
「うーん…そうだね、ええと…」

しかし、聞かれたマルスは困ったように肩を竦める。言いにくいことなのか、とアイクが重ねて問うと、そうではないと彼は気恥ずかしそうに首を振る。しばらく逡巡して見せたのち、観念した様子でマルスはほんのりと頬を赤らめて言った。

「やることがなくて…食べてばかりいるよ」

予想外の返答にアイクは目を丸くする。だが、大乱闘も臨時で休暇をもらっているマルスは、本当に日中何もすることがないようで、カービィやヨッシーといった面々と並んで食事をしている姿がしばしば見かけられた。そうして見ると、今目の前で話しているマルスは、アイクがこれまで見てきたいかなる時より血色が良く、いっそ太ってさえいるようだった。

「前からもっと食った方がいいと思っていた」

気休めではなく、心からアイクはそう述べる。アイクに比べて細身なマルスは、ファイターの中でも軽量級に分類されるほどに肉付きも悪い。機動性を重視する戦闘スタイルの彼にとって、細身であることは寧ろメリットなのだろうが、それはそれ、これはこれ、マルスの健康的な生活を願うアイクとしては、食べる量が増えて健康的な体型に近付いてくれるのは喜ばしいことだ。

「ははは…このまま食べ続けたら、ぶくぶくに太っちゃうよ」

眉をハの字に下げてマルスは頭を掻く。それはそれで見てみたい、とかろうじて口にするのを思い留まったアイクは、大仰に頷いてみせた。

「今は食べたいだけ食べたらいい。その分、血や骨や肉になる。体を休ませて、傷を治すことに専念するのはいいことだ」
「…ふふ、君と一緒にいたら、僕ってダメになりそうだね」

全くマルスを叱責しないアイクの言に、呆れたようにマルスは笑う。そんな笑顔を見て、アイクもまた口元を綻ばせる。もし、マルスがまるまると太ったら、そのあと一緒に剣の鍛錬に付き合おう。密かにそう心に誓いながら、アイクは翌日の蜂の巣捜索のため早めに眠りについた。

*
とにかく歩いて探すしかない、との意見のトワとアイクは、翌日も朝から独断と野生の勘で野山に分け入ってしまっていた。恐るべき野生の勘は、的確に通常サイズの蜂の巣を見つけ出していったが、しかし彼らの探し求める巨大な人食い蜂の巣には至らない。
捜索も四日目になり、今回新しく任に就いたシュルクは、従来の探し方とは違ったアプローチが必要だろう、とルフレと共に依頼主の下へとむかっていた。というのも、前回回収した巣やハチの死骸は、そのまま物好きな依頼主の元で美術品として大事に仕舞われていると聞いたからである。

「人食いモンスターとはいえ、そもそも彼らは蜂だ。似たような種類の蜂の特性を調べれば、巣も見つけやすくなるかもしれない」
「なるほど」

大乱闘での印象は、太陽のような活発な青年である、というのが凡そシュルクのイメージだが、平時の彼は研究者気質でそのアプローチは常に論理的である。同じく頭脳労働に従事する軍師ルフレはそんな彼に共感するところも多く、こうして二人が行動を共にする機会は多い。

「それは盲点だった。彼らはモンスターだとばかり思っていて、昆虫という性質を忘れていたよ」
「勿論、蜂によく似た、性質は全く別のモンスター、という可能性も十分あるね。ただ、もしそうなら、それはそれで有益な情報だ。分からないということが分かるんだから」
「それもそうだ。…さて、ここが依頼主のいる屋敷だそうだ」

前もってルフレが連絡を入れていたこともあり、依頼主はシュルクとルフレの来訪を玄関口にて待ち構えていて出迎えてくれた。案内されるがままに二人が依頼主の邸宅へと足を踏み入れると、入ってすぐの広間の真正面に先日一同が回収した蜂の巣と、人食い蜂の剥製が立派な台座に乗せられた状態で飾られていた。悪趣味だな、とは思っても口に出せない客商売である。幸いにして、二人の驚きの反応を好意的にとらえたらしい依頼主は、自慢げに並べられたオブジェたちを指さした。

「先日はどうもありがとうございます!おかげさまでこんな素晴らしい縁起物を手に入れられて…!どうぞ心行くまでご覧ください、特に状態の良いものを剥製にしたので」

よほどコレクションが気に入っているのだろう、隠しきれない満面の笑みでもって依頼主は、ルフレが切り出す前に彼らの頼みを快諾する。今日、シュルクとルフレはハチの種類を同定するため、ここへやって来たのだった。いきなり肩透かしをくらった気分だが、渋られるよりは余程いい、と二人は割り切る。そうして挨拶もそこそこに、屋敷から持ち寄った図鑑と照らし合わせて蜂とその巣の両方をくまなく調べ始めた。
ところが、いくらも調べないうちにシュルクが悲鳴を上げる。何が、とシュルクの隣に並んだルフレもまた、目の前の剥製の違和感に気付いて口を噤む。蜂の腹がうねっている。更に近付いて腹に走る亀裂を覗き込むと、内部から何かの動く音がする。
何か、いる。

「中に、何か――」

シュルクが青ざめた表情でそれだけ言うと、それまで満面の笑みで二人を見守っていた依頼主が血相を変えて飛び出して、ルフレとシュルクを押しのけて剥製を確認すると声を荒げた。

「なんですって?!ちくしょう、こいつも虫に食われていやがったか!」

驚きというより怒りでもって、そう叫ぶ依頼主は、しかし我に返るとバツが悪そうに口を閉ざす。不自然なその反応はかえって目を引き、ルフレが進み出て問うた。

「…こいつ“も”虫に食われていた?どういうことですか」
「あぅ…その…」

それまでの穏やかな話しぶりから一転、ルフレとシュルクは無言で依頼主を見据える。しどろもどろになりながら、なんとか言い逃れようと言葉を探す依頼主であったが、二人の無言の抗議に気圧されて、ぽつぽつと喋り出した。

「いえ、その…最大限、気を付けて管理しているつもりなんですがね。見よう見まねで剥製の処理を施したもんですから、虫がよく湧くんです」

依頼主が肩を落として言う。管理能力のなさを叱責されると思っているらしかった。しかし、そんなことを叱っている暇のないシュルクとルフレは顔を見合せて青ざめる。お互い共通の見解に至っていることを悟ると、二人はどちらともなく諭すように依頼主の肩に手を置き、告げた。

「燃やしましょう。今すぐ」


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