3日目 1:25

「こんな馬鹿げた遊び、僕は参加しませんよ」

至極真っ当なことを言っているはずが、しかし天使の言葉はいやに耳障りであった。

「第一に、僕らが負うリスクに対して報酬が少な過ぎる。命を賭ける対価として得られるのが、生き長らえる権利だなんて、全く割に合っていない」

木の上からこちらを見下ろす白い天使は、鈴の音が鳴るような美しい声で続ける。

「第二に、もしそれでも報酬が得たいとして、周囲の人間を殺していけば、他の参加者から命を狙われやすくなることは必定。この殺し合いのルールは、模範生徒であればあるほど、不利になる構造だ」

まるで雲の上から下界を見下ろすように、全てを見下し天使は笑う。

「つまり、多少でも生き残る確率を上げたいのなら、このゲームには乗らず、ただ三日間が過ぎ去るのを待つのが一番効率がいいんです。運良く同士討ちになれば良し、お節介な誰かが元凶を倒してくれるのもまた良し。それが第三の理由です」
「…あんたらしいな」
「お褒めに預かり光栄です」

太い枝の上でピットは恭しく腰を折った。が、突然そこには払われるべき敬意などない。彼が敬意を払うべきは、唯一神と崇める女神パルテナだけなのだから。

「さて、それが分かったのなら、僕の前から消えてください。ただでさえあなたは目立つ。余計な騒ぎに巻き込まれたくはありませんからね」

言って、ピットは木の上で寝そべって大欠伸を一つ。緊張感の欠片もない彼は、真実この殺し合いとは無縁の存在なのだろう。さもありなん、と思う。こんな人間同士の諍いなど、神の眷族にとっては何の興味もない些事なのだ。
とはいえ、こちらにとってはそうではない。報酬が少なかろうが、状況が不利になろうが、殺し合いは始まった。何が最善なのか、それはもはや誰にも分からないだろうが、しかしピットのように成り行きを見守るつもりもなかった。
先ほど死体の側で拾った斧を握り直す。斧の持ち主は恐らくそこに転がっていたリンクだろう。彼が自身の不注意や油断で誰かに殺されてやるほど可愛げがあるとは思えなかった。その表情は苦悶に満ちたものでなく、寧ろ何かから解放されたように穏やかでーー
ガツン!と一発、ピットが乗っている木の幹に斧を入れる。小さな斧ではその僅か表面を削り取ったにすぎないが、自分の腕の力とこの斧の斬れ味ならば、木を切り倒すのも決して無理な話ではない。

「な、な、何をしているんですか!?気でも狂いましたか!」

木の枝にしがみ付いて悲鳴を上げるピット。先までの我関せずといった調子は何処へやら、狼狽える天使様の姿はいっそ滑稽である。
斧を振るう手は止めず、淡々と答える。

「心配しなくていい、俺は正気だ」
「あなたの心配をしているんじゃありません!!!」

安全性と索敵の効率の良さから、ピットが選んだのは辺りで一番高い木だった。おかげで切り倒すのは骨が折れるだろうが、周囲には背の低い木々が疎らにあるだけで、滑空しかできない彼にはこの木から飛び降りるという選択肢はないようだった。
木の幹を半分近く削ったところで、いまだ自身の正当性とこちらの行為の不毛さを懸命に説こうと喚き散らすピットを見上げ、手を止める。やっと説得が実ったか、と表情を明るくする天使の翼に、いつかこの手にかけた女神の姿が重なる。
神殺しの自分が、神の使いに手をかけるのは、ある種必然だろうとぼんやり思う。

「アイクさん、あなたなら分かってくれると思っていました。さぁ、その物騒なものをしまって、どこか遠くで時が来るのを待つべき…」
「勘違いして欲しくないんだが…」

とはいえ、ピットに非がないのは明らかだし、こちらの行為に生産性があるとは全く思っていない。それだけは彼に詫びねばならない、とピットを見返す。

「俺は故郷で神殺しだとか呼ばれてきた。だが今ここでお前を殺すのは、神の眷族だからじゃない。俺と会ったからだ」
「……分かりました、あなた、本当に狂っていますね」

天使は笑い、よく手入れのされた中指をこちらに突き立てて見せた。

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